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DATE/ 2021.09.04

やめられない「万引き依存症」とは

 万引きの認知件数のピークは2004年の15万8020件でした。それから徐々に被害数は少なくなり、2020年には8万7278件にまで減少しています。しかし、今なお小売業者を悩ませている問題であることには変わりなく、その被害額は13億円とも言われています。しかしこれは氷山の一角。発覚していない万引きの被害はそれ以上とも考えられているのです。

 一昔前までは、万引きは「金欲しさの青少年がすること」と思われていました。実際に平成中期頃までは未成年の検挙数が多かったものの、2009年頃からは65歳以上の高齢者が未成年の検挙者を上回るようになっています。

 被害が続く万引き。しかし、悪意を持って犯行に及ぶ人がいる一方で、悪いことだと分かっているのに万引きをやめられずに苦しんでいる人がいることをご存じですか。

万引きへの衝動が抑えられない人々

 万引きとは、お店にある商品を盗むことですが、法律上は窃盗罪にあたります。刑法235条では、「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」とされており、常習の場合は懲役刑が下される場合もあるのです。

 しかし、なかにはそうした事実がわかっていても、万引きへの衝動が抑えられず犯行を繰り返してしまう人がいます。原因は、摂食障害やうつ病などの周辺症状、高齢者の認知症、万引きそのものへの依存が指摘されていています。

 過食が抑えられず食べもののことばかりを考えているうちに万引きしていた。認知症のため倫理感が低下してしまい犯罪であることがわからなくなってしまっている。仕事や家庭への精神不安やストレスが積み重なり、万引きに依存してしまう──などがあげられます。

万引き依存症──クレプトマニアとは?

 万引きをする理由は、「欲しいものがあった」「商品を転売しようとした」「生活に困窮していた」など、人によって異なりますが、こうした理由がなく、「万引きへの衝動が抑えられない」という場合があります。〝万引き依存症〟ともいわれ、精神疾患の一つとして「クレプトマニア」という呼ばれ方もしています。

 クレプトマニアの診断は難しいですが、欲しいものではないのに盗んでしまったり、お金に困っていないが犯行に及ぶ、万引きに緊張感や開放感を覚えているなどの特徴があります。犯罪をしているという認識があってもやめることができず、家族に批判され離婚や別居などに発展しても、衝動を抑えられず孤立するという事象も数多くあるのです。

 クレプトマニアの場合も、アルコールやギャンブルなど、さまざまな依存症と同じように、心療内科や精神科医などの診断を受け、適切な治療を行わなくてはなりません。しかし、クレプトマニアへの認知度は日本ではまだ低く、ただ〝迷惑な人〟〝自己中心的な犯罪者〟と見られてしまいがちで、なかなか治療に結びつかないということが問題になっているのです。

カウンセリングを受けて治療をすることが可能

 依存症を克服するためには、まず病院やクリニックで医師のカウンセリングを受ける必要があります。どうして依存するようになってしまったのか、病歴やそれまでの窃盗歴、育成歴(虐待やネグレクトがあるか)、感じているストレスやその原因など、細かな情報を医師とともに共有していきます。どこに原因があるかを知り、改善するための方法を探っていくのです。

 同じ障害を抱えた人とのグループミーティングや、自助グループを進められることもあります。そうすることで、クレプトマニアが自分だけの疾患でないことを認識し、同じ問題を抱える仲間を得ることで一緒にがんばって行こうという意識を持つことができます。

 また治療中はなるべく買い物から離れることも大切です。ネットで必要なものを取り寄せる、お店に行く場合は、事情を知っている家族や知人について来てもらう、鞄を持たず、ポケットのない服を着ることで万引きができないようにするなどの対策があります。小さな努力を重ねることで、少しずつ依存から脱却していくのです。

 もしも、万引きがやめられない、知人や家族が万引きの常習犯になってしまっているという場合は、クレプトマニアという症例があること、依存症には治療方法があることを理解し、クリニックに連絡をしたり、治療をすすめることも必要かもしれません。

<参考サイト>
全国万引対策実態調査報告書2020
https://www.manboukikou.jp/2020/06/22/918/

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一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授