●男性ホルモンの多いトレーダーはもうける
テストステロンが医学的な意味だけでなく、なぜ社会的なことに関係するかをこれからお話ししていきたいと思います。テストステロンが一躍有名となったのは、数年前のことです。ロンドンの金融街、シティのトレーダーの方々のテストステロン量を調べた研究が明らかになってからです。テストステロン量は、朝晩、唾液に含まれている量で簡単に測ることができます。
この研究は、『米国学士院会員雑誌』に載りました。利根川進さんがノーベル賞を受賞された論文なども掲載された権威ある雑誌です。通常は医学、メディスンのセクションに載るところを、この研究はエコノミー、経済セクションで紹介されました。分かったことは、テストステロン値が高いトレーダー、あるいは値が高い日のトレーダーは、もうけが多いということです。皆さんもひょっとしたら何百億円を動かしていらっしゃるかもしれませんが、テストステロン値が高い人に任せると、利益が大きくなるでしょう。
この論文が出た途端、日経新聞、フィナンシャル・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナルなどが取り上げて、大変な話題となり、皆さん、自分たちがお金を預けているトレーダーのテストステロン量を知りたがりました。ただ、この話にはオチがありまして、テストステロン値が高いトレーダーは、利益が大きい一方で損も大きいのです。テストステロン値が低い人は、利益は少ないけど損も少ない。つまり、このホルモンはリスクを取ることと関係があるということが分かってきたのです。
●冒険、社会性、競争のホルモンである
さまざまな研究をまとめると、現在、テストステロンには三つの大きな働きがあることが分かっています。一つは、「冒険」することです。昔の男性は、狩りをする、旅をするのが大きな役割の一つでした。男性が主人公のビルドゥングスロマンは、必ず旅をして、さまざまな経験をして帰ってくる。そして、隣の家の女の子と結婚するのです。テストステロンは、旅をすること、あるいは新しいことにチャレンジすることと関係していると分かっています。例えば、このホルモンが働かないネズミは、新しいタスクに全く挑戦しなくなります。
次に、これは後ほど改めて少し触れますが、「社会性」とも深く関係しています。テストステロンの多い男性は、仲間や家族を大事にする、悪くいえば支配下に置く傾向があるのです。他者との関わり、縄張りとも関係しています。
三つ目に、テストステロンは「競争」すると出るのです。例えば、皆さんがゴルフをするときにはどんどん出ているはずです。囲碁、将棋、スポーツ、仕事など、なんでも構いませんが、何らかの順位がつき、達成感が得られるものはテストステロンを多く生み出します。
また、このホルモンはインチキが嫌いです。面白い研究がありまして、一人ずつパーテーションに入っていただき、サイコロを振ります。日本のサイコロは1から6までですが、ここでは0から5の目が付いたサイコロを振って、出た目の1000倍のお金がもらえるというゲームをしていただきます。5が出たら5000円、0が出たらタダ。1回1回、誰にも見えないように振って、自ら出た数字を申告していただきます。
この実験でも、一方の方々にはテストステロンを、もう片方の方々にはプラシーボを飲んでいただきました。どのような結果になったと思いますか。実は、プラシーボを飲んだ方々には、5を申告した人がダントツに多かった。要するに、誰も見ていないから、もっと小さい数字だったけれど5と書いてしまった人が、残念ながらたくさんいたのです。
同じような傾向は、テストステロンを飲んだ方々にも見られますが、比べると0や1を正直に申告した人がかなり多い。プラシーボ群ではほとんどの人が5と答えましたが、テストステロンを飲んだ群では、5への偏りが少し解消されているのです。こうした研究から、テストステロンが多いほど、曲がったことをしない、正しいことをしようとする傾向が強まることが分かっています。
●おしっこの濃さと縄張りには関係がある
それから、先ほど少しお話ししましたが、「縄張り」と「マーキング」にもテストステロンが関係しています。縄張りを持つようになったのは、生物が陸に上がってからだといわれています。カエルに縄張りがないかどうかは難しいところですが、基本的にカエルが「ここは俺の土地だ」と主張することはありません。
陸上の動物は、一度水辺から離れると、頻繁に水を飲めるわけではないですから、水分を保持しなくてはなりません。その手段として、動物はおしっこを濃くしました。夏場、水の補給を減らすと、私たちもおしっこが濃くなります。それと同時に、水辺を離れてから、動物は縄張りを主張するよう...