●コンセプトが不明確な2020年の東京オリンピック
これから「デザイン思考を活かすには」というお話をします。「デザイン思考」というのは聞き慣れない言葉で、「デザイン・シンキング」という言葉を聞くのが初めての人もいるかもしれません。
実は、2020年の東京オリンピックを契機に、いろいろな議論が出てきました。新国立競技場の案は、予算をオーバーしてしまうのではないか。エンブレム問題は著作権に抵触しているのではないか。いや、そんなことはないが、批判が強いので変えるとも言われます。いずれも仕切り直しをせざるを得ないようになっています。
このシリーズで東京オリンピックに触れたことは何度かありますが、その際、東京オリンピックを何のためにやるのかという中心的なコンセプトが定まっていないと批判をしたことがあります。1964年と2020年では全く違うわけですね。アジアで初めての新興国として工業化をし、これから経済成長していくという東京オリンピックに対して、2020年、成熟した東京、日本というものが、世界に何を訴えていくのか。ロンドン・オリンピックの成熟都市と、東京とでは何が違うのか。
そういう意味で言うと、イスタンブールがイスラム圏最初のオリンピックだというのは、分かりやすいメッセージだったわけです。それに対して、東京が世界に伝えるメッセージは一体何なのか。それが決まってないから、競技場もエンブレムも、よく分からないものができてしまう。
ですから、今さらながら、1964年の亀倉雄策氏のエンブレムは、非常に分かりやすかったと言えます。日の丸だから分かりやすかったというよりも、当時の日本が世界に訴えたいこと、これから成長し、これからアジアだけではなくて世界をリードしていく日本だということは、明確に伝わっていたと思います。
●デザイン思考は社会もデザインする
デザインに興味を持たれたかと思いますので、ここでデザイン思考とは何かを説明します。デザイン思考というのは、さまざまな人がさまざまな言い方で定義をしていますので、ここではティム・ブラウンの定義を私なりに縮めます。デザイン思考とは「デザイナーの感性と方法を用いて、人々のニーズに見合うように、可能な技術と実行可能なビジネス戦略を、顧客価値と市場機会に転換させる専門的な手法である」。この定義は、後ほどテキストでお読みください。
このデザイン思考ということと、これをさらに発展させて社会システム・デザインとイノベーションの問題に少し触れたいと思います。デザイン思考と言いますが、その手法や考え方は、ある意味でまだデザインの世界です。例えば、Suicaを設計するときに、斜めにすると皆、Suicaをタッチしてくれるといったことがあります。
社会システム・デザインについては、横山禎徳さんなどが社会システム・デザインを提起しているように、巨大なシステムとしては、例えば社会保障があります。年金というシステム一つ取り上げても、年間60兆円ぐらいの給付があるという大システムなわけですね。ただ社会保障という巨大なシステムだけではなくて、もっと小さな、例えば横山さんの言うような、中古住宅の市場のシステムをどう設計するかというような話もあります。
財政の人は、消費税の設計のときもそうですが、財政として成り立つシステムなのかどうかを気にする、そういう発想が多いのです。しかしデザイン思考だと、もともとグラフィック系から発していることもありますが、もう少し違った観点がそこに入るのではないかと思います。
●日本では誤解されている「イノベーション」の意味
その違った観点とは何かというのは、実はイノベーションの翻訳と関係しています。イノベーションは通常「技術革新」と訳されることがあります。あるいは、シュンペーター的に「新機軸」とも訳されます。しかし本来、イノベーションには、例えば「創造性」「発明」、あるいは新しい知恵という側面と同時に「デザイン」という要素が入っているのですね。ですが、日本ではイノベーションを「技術革新」と訳してしまったために、デザインという要素が薄くなっています。そういうわけなので、例えば「アップルなんて新しい技術もないのに売れている」という批判が出てくるわけです。
しかし、英語でいうイノベーションの本来の意味を考えていれば、デザインの要素が入っているわけですから、アップルが売れるのは当然なわけですね。そこにイノベーションがあるわけです。よく日本では、「技術で勝ってビジネスで負ける」と言われ、その理由はさまざまありますが、その一つがイノベーションを「技術革新」と訳したことです。そこに問題があります。イノベーションには、デザインという要素が入っているのです。
そう...