●小さいやけどをしていると、大やけどはしない
質問 これまでに火の粉で大やけどをされるなど、危険な目に遭われたことはありますか。
松田 ありません。私は鍛冶屋らしい鍛冶屋ではないので、危ないことはしません。石橋を叩いて、人を渡らせておいて、自分は渡らないタイプです。ただ、小さなやけどなどは、弟子時代から強制的にさせられます。
鍛冶場へ子どもたちが見学に来ることがあります。今、こういうところで何か体験させようとすると、まずヘルメットをかぶり、ゴーグルを着け、軍手をはめて、耐熱性に高い作業服を着用するという準備から入ります。そうでないと、イベントができなくなっているのです。
でも、私のところへ来るときは、「手袋や軍手、ヘルメットはやめてくれ」と言っています。素手でやってほしいからです。今のイベントは親が同伴でないとできなくなっているので、母親が「やけどをしたら、どうするんですか?」と聞きます。「やけどはしてくれ」と返事をします。小さなやけどを経験すると、大きなやけどはしないようになるということです。
近くに川崎製鉄がありますが、工場などでも、コンピュータ化されているところの事故は、大事故になりがちです。小さなやけどを強制的にさせられると、危ないところには近づかなくなります。でも、今ははなから安全なので、「危ない」ものがどういうものか分からない。それが大きな事故につながることになるということです。
●「けがは自分持ち」の徹底と、親方の態度
松田 弟子が親方のところでけがをするとしたら、どういうことがあるのか。昔から「けがは自分持ち」と決まっており、最初に体験させられます。古い鍛冶屋さんのところへ行くと必ず出る話です。作業をする近辺に、わざと鉄が赤くなっているものを置いておく。昔は、弟子は草履を履かせてもらえなかったので、はだしでした。そういう状況だと、気を付けますよね。そういう点で、安全管理については昔の仕事の方が合理的だったといえるのではないでしょうか。
●「技を盗め」は、決して見せてはくれないから
松田 例えば、弟子が作業しているときに親方が入ってきたとします。当然作業中の物を「見せろ」と言いますが、そのときに弟子が普通に渡したのでは、親方は絶対に受け取りません。「水に漬けろ」と言います。弟子を信用していないのです。必ず目の前で水に漬けたものしか受け取らないし、持ち手の方しか触りません。
道具が金床の上に乗っているのは、弟子に対する合図です。弟子はここにいませんが、ハンマーを小刻みに叩く合図があれば用事があるしるしなので、飛んできます。そのときに、親方が何をやっているかは、全部そこに出ている道具で分かります。
用事があるとき以外、親方は弟子を仕事場の中に絶対に入れません。「技は盗んで覚える」と言いますが、本当に見せないようにしています。だから「盗め」ということです。そばで見ていて覚えるわけではありません。仕事場に寄せ付けてもらえないので、何年いようと仕事の方法は分かりません。
●「徒弟制度」では「お礼奉公」の1年が決定的に重要
松田 それから「徒弟制度」というものがあります。徒弟制度は10年なのですが、実は10年修行した後に1年のお礼奉公があるのです。だから、10年間修行して腕のいい人間が世の中に出ても、独立して食っていくことはできません。ところが、1年のお礼奉公をすると、それだけで出だしから食えるようになります。つまり、わずか1年間で「食える仕事」を教えてくれるのです。
修行というのはよくできたシステムで、残った人間だけが食えるようになっています。でも、私たちのような仕事では腕のいい人から辞めていきます。ただ、外へ出ても食えないのです。
●刀鍛冶に必要な道具は「頭」しかない
松田 先日、テレビで「職人と道具」を特集する番組がありました。ここにも担当者が来て、「職人はやはり道具でしょう」と言うのです。そこで、ギター職人をはじめいろいろな職人の工房を撮影した映像を5カ月分見せてもらいました。どの人も「職人にとっていかに道具が大事か」という話をして、いろいろな道具の説明をしているのですが、実は私はそれが一番弱いのです。
ここにある道具は、鞴(フイゴ)とスプリングハンマー以外は全部自分でつくります。私はこれら全部を、弟子入りして間もない頃につくりました。それをそのまま使っています。何も分からずにつくったものだから、非常に使いにくい道具ばかりです。全部、自家製です。こんなハンマーなんて店では売っていません。普通は真ん中に穴が空いているのに、これなどは3分の2のところに空いています。全部鋼材を買ってきてつくりました。鏨(タガネ)も、皆そうです。それらは弟子時代につくった道具ものですから使い...