●『アーヴィング・ペン 三宅一生の仕事への視点』
「学びのための本」を選んでほしいとお願いされましたので、私はこの本を選びました。これは『Irving Penn Regards the Work of Issey Miyake』という、アメリカで1999年に出版された本です。日本でも『アーヴィング・ペン 三宅一生の仕事への視点』というタイトルで、求龍堂(美術書を得意としている出版社)から同じ年に出ました。日英同時で出たということだと思います。
三宅一生は日本でのみならず、世界的にも有名な、1938年生まれの広島出身の日本のファッションデザイナーです。1973年に初めてパリコレクションに参加し、今でもお弟子さんと言いますか、後継者の人たちがコレクション活動を続け、ご本人自身も新しい服のラインを発表され続けています。
アーヴィング・ペンはアメリカの写真家です。1917年生まれですから、三宅一生よりも二世代年上ですが、日本にもあるファッション雑誌『VOGUE』に所属していたカメラマンです。このアメリカのカメラマンが、三宅一生の作品を撮り続けた写真集がこれになります。
三宅一生は一枚の布、たった一枚の布という考え方で、クチュールとフランス語で言われる、洋服作りの概念を文字通り塗り替えたと言われています。
とりわけ「革新的」とファッション史において評価されているのは、1988年に服の形に縫製してからプリーツをかける(折り目をつける)製法を発表したことで、「製品プリーツ」と彼は呼んでいます。普通は、布地にプリーツをかけて、そこから服を作っていくわけです。そうではなく、いったん服の形に縫ってから、プリーツをかける、そのような発想の転換です。
今日は彼のデザインした服を着てきました。彼はこうした「製品プリーツ」と呼ばれる手法を開発するなどして、ファッション史に大きな足跡を残された方です。
この写真集ですが、彼がさまざまな作品をパリコレで発表した後に、その作品をアーヴィング・ペンがいたニューヨークのスタジオに送るのです。そのニューヨークのスタジオで、三宅一生とアーヴィング・ペンは一切やり取りしなかった、打ち合わせしなかったと言いますが、服がアーヴィング・ペンのフォトスタジオに届いてから、どのように彼の作品を紹介していくかをモデルと何人かのスタッフで考え、撮りためたという写真集なのです。
なかなか大柄な本なのですが、先ほど三宅は1973年にパリコレに参加したとご紹介しましたから、彼がパリコレに参加してから二年後の75年から、98年、つまりこの本が出る一年前までの、彼のパリコレで紹介された作品を、アーヴィング・ペンなりの美学で撮り下ろした写真の集大成ということです。
●学ぶということを学ぶためのヒントとしての三宅一生の仕事
どうしてこの本を「学びのための本」として皆さんにご紹介したいか、ご説明します。
「学びのための本について紹介してほしい」というご依頼を受けて、私は、「学びのための本」の「学び」(名詞)を「学ぶ」(動詞)と理解しました。「学ぶための本」ということです。学ぶとは一体どういうことか。しかも、何を学ぶかではなく、学ぶということをどのように私たちは学んでいったらよいのか。そのヒントを与えてくれるのは、他でもないこの三宅一生という日本人デザイナーの仕事だと私は確信しています。
●デザインは二つのラテン語の組み合わせでできている
「デザイン」という日本語は、外国語である英語から来た単語で、これを中国語に訳すと「設計」という漢字を書くらしいのです。発音は当然、中国語ですから「せっけい」にはならないわけですが、いずれにせよ、私たち日本人が「設計」という漢字を書くときと同じ漢字を使って、デザインという単語を、中国語を使う方々は表現するようです。
このデザインというのは、二つのラテン語を組み合わせて作ります。デザインは英単語でいうと、deで始まる「design」です。このde、これは接頭辞と言います。そしてsignのもとになったラテン語はsignumです。つまり、deというラテン語の接頭辞に、signumというラテン語の名詞が付いて作られた、と辞書は教えてくれています。
接頭辞は、その単語が付くもとの単語にさまざまな意味を付け加えるという働きがあります。例えば、英語の「impossible」は、possibleという形容詞にimという接頭辞が付いて反対の意味になっています。接頭辞には、反対の意味にさせたり、意味を強めたりなど、さまざまな働きがあるのですが、deは辞書的に言うと、「下に」という意味です。つまりサインを下に書きつける、記号を書きつける、設計図を書きつける、ということです。デザインをするとは、つまり何かを紙に書きつける、サイン、記号を書きつけるというニュアンスがある、と辞書は教えています。