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なぜアメリカの中西部では平均寿命が短くなっているのか

トランプ政権の保護主義政策の影響(1)平均寿命の低下

伊藤元重
東京大学名誉教授
情報・テキスト
世界に大きな影響を与えているトランプ政権の保護主義政策だが、実はアメリカの中西部では平均寿命が低下している。また、アメリカではラストベルトの住民が仕事がなくても移住しないという傾向にあり、経済学者が大きく問題にしているという。なぜそのようなことになっているのか。そこにはどんな問題が潜んでいるのか。(全2話中第1話)
時間:12:34
収録日:2019/04/16
追加日:2019/05/26
カテゴリー:
≪全文≫

●アメリカの中西部では平均寿命が短くなっている


 今日は、トランプ政権が進めている保護主義的な政策について、最近感じたことをお話しさせていただきたいと思います。

 少し前に、アメリカのシカゴに行く機会がありました。地元で経済界あるいは学者の方々といろいろお話ししたので、その時のことをお伝えします。

 われわれが通常アメリカのさまざまな話を聞くルートというのは、ワシントンの政界筋とか、東海岸や西海岸の経済界の方とか、あるいはそれに関わるジャーナリストの方々の声が多いのですが、中西部の実態を聞いてみると、随分やはり雰囲気が違うのかなという感じがします。

 今回シカゴでいろんな方と話を聞いて非常に印象に残ったのは、何人かが地域の住民の平均寿命がアメリカでは短くなっているということを強調した点です(もちろんアメリカ全体で見てもそういう傾向が若干見られるようなのですが)。特に「ラストベルト」といわれているようなオハイオ、ペンシルバニア、ミシガン、あるいはそれに関わるような中西部のイリノイとか、そういう地域で見ると、この30年あるいは50年といってもいいかもしれませんが、海外からの輸出が急速に増えることによって、地域が非常に衰退していった状況がよく分かるわけです。

 平均寿命が下がるというのはどういうことかというと、人々の生活が破壊されてきているということで、仕事がなくなるだけではなく、生活が非常に苦しくなる中で、犯罪やドラッグがまん延することもあるでしょうし、社会保障に依存する人も増えてくるでしょう。という中で、健康状態も非常に悪化していくということです。


●莫大な社会的なコストが輸入増加によって引き起こされている


 こういう視点で見ると、海外から輸入品が増えるということは何にもうれしくありません。さらにいえば、ラストベルトという、前回の大統領選でトランプ氏の勝利に非常に大きな貢献をしたといわれている地域は、かつては鉄鋼や自動車、機械などアメリカの中核企業をたくさん地域に抱えており、ある意味で非常に栄えた地域だったと思います。

 それが、当初のヨーロッパ、日本、その後は中国ということで、海外から次々と輸入が入る形で、鉄鋼や機械、自動車という産業が次々と衰退していったわけです。NAFTA(北米自由貿易協定)によって、アメリカの企業自身もメキシコなどに拠点を動かすということがありました。そういう意味では貿易を制限して輸入を減らすということは、その地域の人にとってみると、ある意味、非常にありがたいことなのかもしれません。

 実は経済学の世界に、マサチューセッツ工科大学(MIT)にデービッド・オーターという大変優秀で評判の高い経済学者がいます。彼が中心になって、主に今のアメリカのラストベルト辺りで、海外からの輸入、特に中国からの輸入によってどれだけの社会的コストが払われているかということを計算した有名な研究があります。

 具体的な数字は今すぐに思い浮かばないのですが、結論からいうと、莫大な規模の社会的なコストが海外からの輸入の増加によって引き起こされているということです。これは、先ほど言った職がなくなるとか、生活が困窮に陥るだけではなく、社会保障費が増えるとか、失業保険のコストの差がかさむとか、そういったことをはじめ、その他もろもろの費用を全部計算したわけです。

 もちろんオーター氏は非常に立派な経済学者であるわけですから、そうやって海外から貿易が増えることによって、アメリカ社会が受けた利益についてもしっかり分析しています。経済学的にいえば、膨大な損失を一方で被ると同時に、それを補って余りあるほどの利益があるから、貿易を増やしていく、自由化するということはいいことだということで、それが経済学の理論なのです。

 しかし、その利益はというと、アメリカ社会全体、特に豊かであるといわれている東海岸や西海岸に落ちていって、今話題になっているオハイオやペンシルバニア、ミシガンなど、かつて工業地域が栄えたところはむしろ損失を非常に大きく被るという話なのかもしれません。


●問題は、ラストベルトの住民が仕事がなくても移住しないこと


 こういう中で、もうひとつシカゴでよく話題になった話があります。アメリカのいわゆる困窮地域、ラストベルトに住んでいるような方々が動かなくなったという話です。本来であれば、今まで住んでいた町に仕事がなくなれば、他の州(町)に仕事を求めに行くということがあって当然でした。

 アメリカはかつてそういう形で人々が地域を越えて移住するということで、ダイナミズムがあったわけです。特に私がシカゴの後訪れたテキサスが象徴的なのですが、新しい企業や工場が次々にでき、簡単にいうとテキサスに移住すればいくらでもいい仕事があると...
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