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グローバル化と国家主権と民主主義の同時進行はあり得ない

グローバル化のトリレンマ(1)ポピュリズムの本当の顔

伊藤元重
東京大学名誉教授
情報・テキスト
グローバル化した世界で国家主権と民主主義が同時に進んでいくことはあり得ないということを、「グローバル化のトリレンマ」という言葉で表現する伊藤元重氏。トランプ政権が打ち出す保護主義政策は民主主義を変容させていると言われるが、それはトリレンマの原因なのか、それとも結果なのだろうか。イギリスのBREXITや欧州の移民政策とも関連づけて解説を進めていく。(全2話中第1話)
時間:11:27
収録日:2019/10/31
追加日:2019/12/11
≪全文≫

●この10年で、グローバル化は大きな変質を遂げたのか


 アメリカに出てきたトランプ政権は、これまでにないような激しい保護主義政策を展開しています。とりわけ中国との貿易摩擦が広がっており、今や米中の「貿易戦争」がどんな方向に行くのかが、両国だけではなく世界にも非常に重要な意味を持っています。

 イギリスでは、BREXIT(EUからの離脱)をめぐる国民投票が行われて以来、迷走が続いています。イギリスとEUの関係はどんな方向に進んでいくのか、BREXITのプロセスのなかでどういう混乱が想定されるのかということが議論されているわけです。

 あるいはヨーロッパの大陸でも、特にいわゆる右派と呼ばれる勢力が目につきます。移民に対して非常に否定的であり、かつEU全体でまとまって政治・経済・社会を運営していく以上に、自分たちの国のアイデンティティや国のあり方のようなことを、非常に前面に出すようにしている人がたくさん出てきました。

 これらを考え合わせると、どうもこの5~10年の間に、グローバル化というものが大きな変質を遂げているように見えるのです。これをどのように見たらいいのか、あるいは今後どういうところに注目したらいいのか。いろいろな方がいろいろな立場から話されているのですが、今日はその話をさせていただこうかと思います。


●トランプ政権の動きを予測するための三つのキーワード


 先日、ヨーロッパを中心とする大きな国際会議が開かれました。私の出たセッションでは、トランプ政権の大きな動きが社会的にどういう動きを及ぼし得るのかがテーマでした。今後、それがどう展開するのかについてパネリストとして話してほしいということでしたが、時間が限られています。そのため、司会の方から「まず三つのキーワードを提起して、それを中心に展開してほしい」とオーダーがありました。

 何を出そうかといろいろ考えた結果、私はグローバル化のトリレンマに関連して三つのキーワードを出しました。「グローバル化」が一つで、残りは「国家主権(national sovereignty)」と「民主主義(democracy)」です。その間にトリレンマがあると言われることが多いのです。ジレンマとは二つのものの間のせめぎ合いのことですが、トリレンマとはそれを三つにした事態のことです。

 つまり、グローバル化と国家主権と民主主義の三つが同時に進んでいくということはあり得ないわけです。この三つの間に、何らかのトレードオフというか、片方が伸びれば片方が変わっていくといった関係が見られるということなのです。そんなに厳密な議論ではありませんが、非常に重要な論点です。


●国内の不満層を取り込み、保護主義政策に反映したトランプ政権


 アメリカで何が起きているのかは、トランプ政権の政策を見れば分かると思います。この20年、「ハイパーグローバル化」といわれているぐらい、人・物・カネの移動が激しくなったことによって、アメリカの国内に、グローバル化に対して非常に強い不満を持つ人がたくさん出てきています。

 アメリカの国中が不満を持っているということではなくて、もちろんシリコンバレーやニューヨークの金融街のように、グローバル化の恩恵を非常に強く受けているところもあります。しかし、例えば「ラストベルト」といわれるオハイオやペンシルヴァニア、ミシガンのような地域があります。かつて自動車や鉄鋼で非常に製造業の栄えた地域なのですが、海外からの輸入の拡大によって非常に生活が厳しくなってきています。これに対して、非常に不満を持っている方がたくさんいらっしゃるわけです。

 それ以外にもいろいろいらっしゃると思いますが、トランプ政権誕生の一つの大きな原動力は、こうした人々の不満をトランプ大統領が政治的に取り込んだことで、それが彼の主張する保護主義政策になっています。大統領選挙の時に言った、非常に極端な保護主義政策をそのまま実行しているというのが、トランプ政権の特徴です。

 これは、先ほどの「グローバル化ー国家主権ー民主主義」のトリレンマのなかでいうと、「民主主義」が変容していることの表れです。

 「ポピュリズム(大衆迎合主義)」と呼ばれることも多い。民主主義の原理は人々の声をしっかり聞くことですが、グローバル化とそれを結びつけることで、一部の人たちの声を聞きすぎてしまっている。本当にみんなのためになるかどうか分からないままに、不満を持っている人たちの足元の声をすくい上げていくというかたちなのでしょう。

 この点は非常に重要で、先ほど申し上げた会議でも話題になりました。今起きている米中の貿易戦争保護主義の動きは、トランプ大統領という非常にユニークな大統領が出てきた結果なのか。それとも、その背景にはより構造的な問題があって、その結果としてトランプが選ばれて...
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