●噛んで食べることで、人は幸せになれる
今日は、「『噛める』ことこそ、健康維持の要点」ということで、お話をさせていただきます。日本顎咬合学会元理事長の上濱正でございます。よろしくお願い申し上げます。
河原英雄先生の症例を見て、皆さん、いかがだったでしょうか。ちょっと驚かれたと思います。噛んで食べる、そしてそのために口の中を整えるだけで、これだけのことができる時代になりました。
これが、これからの歯科の方向性です。この方向で、われわれは国民の皆様に、幸せをお届けできると考えています。
●生涯にわたる健康・幸福のために、口腔機能を維持する
生涯にわたる健康・幸福とは何なのでしょうか。人生におけるライフステージ、すなわち「おぎゃー」と生まれてあの世に行くまでの間で、あらゆる食物をおいしく噛んで食べられるということは、喜びの一つです。食べたもので私たちの体はできているので、これができれば、食べた物が栄養となり、筋肉を動かし、体全体を動かすことができます。サルコペニアのような筋肉が動かない状態を避けることもできます。
しかし、実はそれだけではありません。われわれの脳は、食べた物の情報で生きています。特に、さまざまなものを食べることによって、脳にはいろいろな情報が上がります。味・見た目・匂い・音・硬さ・冷たさ・温かさなどです。これは脳が感じているものなのです。こうした脳への情報を維持するためには、生涯にわたる健康的な噛み合わせがその基盤になります。
やはり、歯がなくなってしまったら困りますし、歯を健康な状態で生涯維持することが重要です。しかし、もしなくなっても、歯科の場合は河原先生がお示しになったように、部分入れ歯や総義歯など入れ歯で治すことができます。つまり、口腔機能を再建が可能なのです。
そうすると、健康・幸福のために非常に大事なことが分かります。河原先生がお示しになりましたが、それは、口腔ケアを理解して実践することです。口腔ケアというと、虫歯にならないために歯を残す、あるいは今でいうと歯周病にならないためにケアをするということがイメージされるかと思います。もちろんそうなのですが、なぜ最終的に歯を残して歯周病にならないようにするかというと、それは口腔機能を維持するためです。口腔ケアにとっては、噛んで食べるということが最終到達目標なのです。
●口腔機能の維持と再建の重要性は、国の方針でも示されている
上のスライドは、2005年に中央社会保険医療協議会から出された「加齢による口腔ケアの変化のイメージ」です。ここでは、噛んで食べることが、生活の質の向上に向けた口腔機能の維持向上にとって一番大事だと主張されています。そして、「食べる喜び、話す楽しみ等のQOL(Quality of Life、生活の質)を向上させるために、口腔機能の維持向上が重要である」と国も認めています。このために法案がつくられ、予算の勘案もされています。われわれ歯科医師には、こうしたことが求められているのです。
現在、高齢者の方のお口の中の状態が悪く、寝たきりになるというケースが見られます。そのため、医療費や介護保険料もかかっており、高齢期においては、噛んで食べる、そして摂食・嚥下の口腔機能が低下しやすくなっています。
これを防ぐために一番大事なことは、結局は乳幼児期、学童期から成人期、高齢期といった人生のライフステージにおいて、良好な口腔・顎・顔面の発育および適切な口腔機能を維持し、成人期、高齢期においては、口腔機能の維持向上を図ることです。つまり、年を取ってから対処するのではなく、生まれたときからずっと良い状態で口腔機能を発達させていくということが大事なのです。
上のグラフは、横軸に時間軸が、縦軸に口腔機能が取られています。河原英雄先生のお話の中にお孫さんのお話がありましたが、赤ちゃんが生まれてからしっかりと前歯で食べていきながら、口腔機能をグラフ上で高い山をつくることによって、それが維持されます。これにより、う蝕や歯周病を防いで、誤嚥性肺炎のような感染症を防ぐことができます。
高齢になったら、口腔ケアでお口を整えて、口腔機能の再建を入れ歯やインプラント、ブリッジなどで行っていきます。こうしたことが生涯を通じた幸福の近道だということが、国によって示されています。われわれはこれに向かって努力していく必要がありますし、歯科も医科も区別なく、一人の方が生まれてから亡くなるまで口の中の健康を維持・再建しながら、皆で幸せに暮らしていこうというのが、これからの日本の目指すべき方向だと思います。