●三叉神経は脳の覚醒の有力な情報源である
少し専門的な話になりますが、脳神経に関して顔についている神経は、目、鼻、口、耳など左右対称ということで合計12個(対)あります。例えば、目の神経(視神経)は、目で物を見るためのものです。目を動かすのは「動眼神経」といいます。この神経は、感覚を得ながら情報を脳で処理し、運動を処理して目を動かします。そうした中、三叉神経は一番大きいもので、感覚を取りながら運動する神経なのです。この神経は、脳の中では非常に重要なものです。
このように脳神経は12対ありますが、物を見て、例えばパリパリたくあんの音を聞き、味を味わいながら、口の中を動かしていくとき、12対の神経全てが重要になるということです。その中で、直接口に関わっているものは12対のうち6対です。ただし、今申し上げた通り、目で見る、音を聞く、匂いを嗅ぐとなると、12対の脳神経を全て使うことになります。
実は、噛んで食べるということに対して非常に重要な三叉神経は、感覚だけでなく強力な覚醒をもたらします。薬では、この覚醒を起こすことができません。唯一できるのは、少し危ない薬です。
でも、われわれの脳は、噛んで食べることによって三叉神経を通して脳幹(これは命にとって一番大事なところで、血管の機能や呼吸を司るところ)、視床、さらに脳幹網様体へと情報を全体へ伝えることができます。つまり、われわれの脳は、強力な覚醒効果を持っているのです。
こうして脳に「食べている」という感覚を入れると、その感覚情報を脳全体に伝えます。さらに脳幹網様体という網目のようなものを使って、脳全体に情報を流します。そうすると、その脳幹網様体によって、大脳皮質、つまり外側の全体に情報が流れていきます。こういうメカニズムで動いているのです。つまり、三叉神経は脳の覚醒の有力な情報源であるということです。噛んで食べることが非常に重要であるということの理由は、ここにあります。
●咀嚼運動の仕組み
噛んで食べるという咀嚼の基本的パターンは、脳にあります。われわれは歯を動かして食べますが、歯だけではなく、頬や舌に食べ物を載せて食べます。食べ物が落ちないように食べます。この感覚も、入れ歯の場合、さらに研ぎ澄まされます。ここには、必ず食べ物が介在することが必要です。噛んで食べることによって食べ物が小さくなると、「嚥下して良い、飲み込んで良い」と脳が情報を得て、「腐っていないから、飲み込んで良い」と脳が認識して、嚥下します。
咀嚼のまとめをいたします。固形を食べる際、まず前歯で嚙み切ります。河原先生がお見せになった通りです。次に奥歯で嚙み切ります。そして、唾液とよく混ぜて飲み込みます。これが一連の流れなのですが、そうすると、口腔感覚は脳で統合されていきます。お口の中だけで止まってはいません。
さらに、口の中に入れていると、目では見えませんが、硬さや味、温度などを食を通して認識され、今度は脳の各部位に情報が上がっていきます。そのことにより、脳の各部位を活性化することができます。同じように、噛んで食べることによって、嚥下の物性が分かり、安心・安全を確認しながら飲み込んでいます。そのときに、舌も重要な役割を果たしています。咀嚼はこのようにまとめることができます。
●脳は口腔に何を期待しているのか
さらにもう1つお話をします。ここ5年ほど、噛んで食べることが持つ脳に対する重要性についての研究が進んできました。診断機器もコンピューターの発達とともに、いろいろなものが出てきています。それにより、新しい情報もますます出てくるでしょう。では逆に、脳から見ると、口腔には何を期待しているのでしょうか。
実は、脳が口(口腔)に期待していることは、2つあります。1つ目は、脳に血液を送ってほしいというものです。なぜならば、脳には酸素が必要です。ためることができません。栄養もためることができません。エネルギー源は糖質です。タンパク質を分解したアミノ酸を必要とします。脳の中の情報を伝えているのは、カテコールアミンというアミノ酸なのです。ですから、脳は常に血液を送ってほしいのです。酸素も栄養もためることができないので、すぐに血液を送ってほしいのです。それは、2つ目に関連しますが、脳は神経の塊なので情報を常に入れてほしいからです。つまり、情報を送ることによって、脳の活性化ができます。
ですから、脳に血液を送ることによって、血流量を増加させることが大事で、これが第1点です。第2点は...