米中貿易摩擦の核心と展望
この講義の続きはもちろん、
5,000本以上の動画を好きなだけ見られる。
スキマ時間に“一流の教養”が身につく
まずは72時間¥0で体験
中国の「国家資本主義・大国意識・強権」を許せぬアメリカ
米中貿易摩擦の核心と展望(2)なぜ利害が衝突するのか
伊藤元重(東京大学名誉教授)
 そもそも、なぜ中国は世界への輸出を増やせたのか? 1つの理由として、中国が「途上国ステータス」を享受できたことがあった。たとえば、先進国は関税率を低くしているが、中国は高い関税で国内産業を守ってきた。また、日本やアメリカの企業が中国で投資しようとすると、地元企業の資本比率が高いかたちの合弁でないと認められないこともあった。ここに来て、「本当にそれでいいのか」という疑問が持たれている。

 中国がWTOに加盟する頃に交渉に関わっていた、当時のUSTR(アメリカ合衆国通商代表部)のトップが「中国が西側に接近してくれることを期待して、WTOに入れた。グローバルな方向に収斂(しゅうれん)してくれると思っていた。しかし、2006年~2007年頃に、国家資本主義と共産党一党独裁にUターンしはじめてしまった」と語っていた。中国は自国の「壁」を守っている。たとえば、グーグルが中国国内では使えないなど「情報の壁」をつくっている。その一方で、メリットを享受している。アメリカにとっては、中国に現在のような「自由度」を認めながら、WTOの仕組みに乗っかっていくのは難しい。

 しかも中国は、共産党一党独裁国家である。「中国は大国になった。日本を抜き、アメリカもいずれ抜くかもしれない」と思っている中国国民のなかには、弱腰の外交を認めない向きもあろう。そのためもあるのだろうが、コロナ以前から、中国はすでに強権的であった。現在も、インドとの国境でも、南沙諸島でも、新疆ウイグル自治区でも、香港でも、台湾でも、尖閣でも、公然と強権的な態度を取っている。

 しかも、経済と政治が微妙に関わっているのが厄介である。実は、ハイテク産業は貿易摩擦が政治化しやすい。動学的規模の経済性(大規模投資でたくさん作れば作るほど、生産性が安くなるという現象)が起きやすく、一度、そういう規模を獲得してしまうと、他の企業は追随できなくなりがちである。そのため、自国の産業を有利にするために、各国政府が打つ産業政策で、利害の衝突が起きやすい。

 まさにファーウェイの問題は象徴的である。近い将来には決着しないであろう。しかも厄介なことに、安全保障に関わってしまっている。

 イギリスのあるジャーナリストが興味深いことをいっていた。「米中の関係は、当面、抜本的に解決(リゾリューション)するのは無理だろうが、鍵はマネージメントだ。これ以上悪くならないように交渉をするなかで、どのようにマネージメントするかがポイントだ」というのである。

 これは、誰がアメリカ大統領になるかでも違う。トランプは予測不可能で、何をやるかわからない。バイデンになると、もう少し、WTOなどのルールを尊重するようになるだろう。だから、もっと中国に対して、香港問題や人権問題などで攻め込むかもしれないし、日本や欧州にアメリカとの同調を求めてくるかもしれない。だが、そこで中国が折れてくれば、経済と安全保障を分けて議論することができるかもしれない。

 また、バイデン大統領になった場合、大きく変化する可能性があるのは地球環境問題への取り組みである。ここは中国とアメリカでディールする余地がある。人権問題や政治問題はなかなか対応できないが、乱暴な米中摩擦にならないようなメンテナンスはできるかもしれない。

 いずれにせよ「リゾリューションは無理だから、どこまでメンテナンスできるか」ということが大きな注目になろう。(全2話中第2話)

(※本講義は時事テーマで、より早い配信が望ましい内容ですので、講義テキストは配信せず、動画のみを配信いたします)
時間:8分18秒
収録日:2020年10月27日
追加日:2020年11月6日
カテゴリー:

スキマ時間でも、ながら学びでも
第一人者による講義を1話10分でお届け
さっそく始めてみる
「政治と経済」でまず見るべき講義シリーズ
日本の財政政策の効果を評価する(1)「高齢化」による効果の低下
高齢化で財政政策の有効性が低下…財政乗数に与える影響
宮本弘曉
習近平中国の真実…米中関係・台湾問題(1)習近平の歴史的特徴とは?
一強独裁=1人独裁の光と影…「強い中国」への動機と限界
垂秀夫
デジタル全体主義を哲学的に考える(1)デジタル全体主義とは何か
20世紀型の全体主義とは違う現代の「デジタル全体主義」
中島隆博
緊急提言・社会保障改革(1)国民負担の軽減は実現するか
国民医療費の膨張と現役世代の巨額の「負担」
猪瀬直樹
台湾有事を考える(1)中国の核心的利益と太平洋覇権構想
習近平政権の野望とそのカギを握る台湾の地理的条件
島田晴雄
グローバル環境の変化と日本の課題(1)世界の貿易・投資の構造変化
トランプ大統領を止められるのは?グローバル環境の現在地
石黒憲彦

人気の講義ランキングTOP10
豊臣兄弟~秀吉と秀長の実像に迫る(1)史実としての豊臣兄弟と秀長の役割
豊臣兄弟の謎…明らかになった秀吉政権での秀長の役割
黒田基樹
インテリジェンス・ヒストリー入門(1)情報収集と行動
日本の外交には「インテリジェンス」が足りない
中西輝政
編集部ラジオ2025(31)絵で語る葛飾北斎と応為
葛飾北斎と応為の見事な「画狂人生」を絵と解説で辿る
テンミニッツ・アカデミー編集部
平和の追求~哲学者たちの構想(1)強力な世界政府?ホッブズの思想
平和の実現を哲学的に追求する…どんな平和でもいいのか?
川出良枝
何回説明しても伝わらない問題と認知科学(2)バイアスの正体と情報の抑制
『100万回死んだねこ』って…!?記憶の限界とバイアスの役割
今井むつみ
葛飾北斎と応為~その生涯と作品(2)『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏への道
『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏のすごさ…波へのこだわり
堀口茉純
経験学習を促すリーダーシップ(1)経験学習の基本
成長を促す「3つの経験」とは?経験学習の基本を学ぶ
松尾睦
熟睡できる環境・習慣とは(4)起きているときを充実させるために
夜まとめて寝なくてもいい!?「分割睡眠」という方法とは
西野精治
生成AI「Round 2」への向き合い方(1)生成AI導入の現在地
生成AIの利活用に格差…世界の導入事情と日本の現状
渡辺宣彦
死と宗教~教養としての「死の講義」(1)「自分が死ぬ」ということ
世界の宗教は死をどう考えるか…科学では死はわからない
橋爪大三郎