米中貿易摩擦の核心と展望
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そもそも米中は、今の通商システムの中で共存できるのか?
米中貿易摩擦の核心と展望(1)チャイナ・ショックの深層
伊藤元重(東京大学名誉教授)
 米中の貿易戦争の展開を考えるうえで重要なのは、「そもそも今のままでは、アメリカと中国が、WTO(世界貿易機関)に代表されるような通商システムのなかで共存するのは難しいかもしれない」という点ではないか。そう伊藤元重氏は指摘する。伊藤氏が数年前、WTOについて討議する国際会議に出席した折に、ディナーをとりながらリラックスした雑談をする場で、あるカナダ人の著名な学者が、「伊藤さん、今のWTOシステムのなかでアメリカと中国が共存するのは無理ではないですか。そう思いませんか?」とすでに語っていたという。

 中国の経済成長とWTOは深い関わりがある。中国は2001年にWTOに加盟してからの20年でものすごい経済成長をし、それに連動するかたちで貿易を拡大した。まちがいなく、WTOの加盟によって、中国の存在感は拡大した。

 だが一方アメリカでは、「チャイナ・ショック」というキーワードが語られるようになった。MIT(マサチューセッツ工科大学)の経済学者デビッド・オーターの主張に刺激されて、現在、多くの学者が論じているものだが、つまり、中国からのさまざまな製品輸入で、アメリカで、特にものづくりに強い地域(ラストベルト)で、経済的な被害がどれほど出たのか、という分析である。

 実際にラストベルトでは、製造業で安定的な生活をしていた人たちが、工場の閉鎖や倒産、メキシコ移転などによって仕事を失う羽目に陥った。それによって所得が減少し、家庭崩壊し、子どもは麻薬に走り、自殺が増え、地域財政崩壊により医療が悪くなり、犯罪が増える……などといったことが起きている。それらを経済的な手法を使って分析すると、結果として、ものすごく大きな被害が出ている、というのである。

 これまで経済学者は「中国が成長すれば、アメリカ全体とすれば利益があるはずだ。つまり、自由貿易はいいものだ」という議論を展開してきた。たしかに、量販店で安くて良い物が買えるようになったり、シリコンバレーに多くの中国の優秀な人材が来てITが振興したりするなど、メリットがある部分もある。だが、全米トータルでは良くても、ラストベルトなど特定の地域や特定の分野では、非常に大きな被害が生じる。格差が広がる。さらに困ったことに、ラストベルトで産業が衰えたとしても、そこの人々が好景気の地域に引っ越すのは、現実的には困難である。ラストベルトの人たちからすれば、中国の安くて良い物が入ってきてアメリカ全体が良くなるなど、「くそ食らえ」でしかない。

 そのようなとき、それを何とかしてくれるのは政治である。それゆえ、「中国からの輸入を減らせ」「巨大な壁をつくれ」「メキシコに行く企業は名指しで批判すべき」と主張したトランプ大統領が2016年の大統領選挙では勝利して、政治がひっくり返ったのであった。

 こういう構造は、いまだアメリカでは崩れていない。先ほど紹介したカナダの学者が「共存するのは難しい」といったのは、WTOの仕組みのなかで中国が引き起こした混乱は、もはや維持できないものになっているということである。(全2話中第1話)

(※本講義は時事テーマで、より早い配信が望ましい内容ですので、講義テキストは配信せず、動画のみを配信いたします)
時間:9分42秒
収録日:2020年10月27日
追加日:2020年11月6日
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