米中貿易摩擦の核心と展望
この講義の続きはもちろん、
5,000本以上の動画を好きなだけ見られる。
スキマ時間に“一流の教養”が身につく
まずは72時間¥0で体験
そもそも米中は、今の通商システムの中で共存できるのか?
米中貿易摩擦の核心と展望(1)チャイナ・ショックの深層
伊藤元重(東京大学名誉教授)
 米中の貿易戦争の展開を考えるうえで重要なのは、「そもそも今のままでは、アメリカと中国が、WTO(世界貿易機関)に代表されるような通商システムのなかで共存するのは難しいかもしれない」という点ではないか。そう伊藤元重氏は指摘する。伊藤氏が数年前、WTOについて討議する国際会議に出席した折に、ディナーをとりながらリラックスした雑談をする場で、あるカナダ人の著名な学者が、「伊藤さん、今のWTOシステムのなかでアメリカと中国が共存するのは無理ではないですか。そう思いませんか?」とすでに語っていたという。

 中国の経済成長とWTOは深い関わりがある。中国は2001年にWTOに加盟してからの20年でものすごい経済成長をし、それに連動するかたちで貿易を拡大した。まちがいなく、WTOの加盟によって、中国の存在感は拡大した。

 だが一方アメリカでは、「チャイナ・ショック」というキーワードが語られるようになった。MIT(マサチューセッツ工科大学)の経済学者デビッド・オーターの主張に刺激されて、現在、多くの学者が論じているものだが、つまり、中国からのさまざまな製品輸入で、アメリカで、特にものづくりに強い地域(ラストベルト)で、経済的な被害がどれほど出たのか、という分析である。

 実際にラストベルトでは、製造業で安定的な生活をしていた人たちが、工場の閉鎖や倒産、メキシコ移転などによって仕事を失う羽目に陥った。それによって所得が減少し、家庭崩壊し、子どもは麻薬に走り、自殺が増え、地域財政崩壊により医療が悪くなり、犯罪が増える……などといったことが起きている。それらを経済的な手法を使って分析すると、結果として、ものすごく大きな被害が出ている、というのである。

 これまで経済学者は「中国が成長すれば、アメリカ全体とすれば利益があるはずだ。つまり、自由貿易はいいものだ」という議論を展開してきた。たしかに、量販店で安くて良い物が買えるようになったり、シリコンバレーに多くの中国の優秀な人材が来てITが振興したりするなど、メリットがある部分もある。だが、全米トータルでは良くても、ラストベルトなど特定の地域や特定の分野では、非常に大きな被害が生じる。格差が広がる。さらに困ったことに、ラストベルトで産業が衰えたとしても、そこの人々が好景気の地域に引っ越すのは、現実的には困難である。ラストベルトの人たちからすれば、中国の安くて良い物が入ってきてアメリカ全体が良くなるなど、「くそ食らえ」でしかない。

 そのようなとき、それを何とかしてくれるのは政治である。それゆえ、「中国からの輸入を減らせ」「巨大な壁をつくれ」「メキシコに行く企業は名指しで批判すべき」と主張したトランプ大統領が2016年の大統領選挙では勝利して、政治がひっくり返ったのであった。

 こういう構造は、いまだアメリカでは崩れていない。先ほど紹介したカナダの学者が「共存するのは難しい」といったのは、WTOの仕組みのなかで中国が引き起こした混乱は、もはや維持できないものになっているということである。(全2話中第1話)

(※本講義は時事テーマで、より早い配信が望ましい内容ですので、講義テキストは配信せず、動画のみを配信いたします)
時間:9分42秒
収録日:2020年10月27日
追加日:2020年11月6日
カテゴリー:

スキマ時間でも、ながら学びでも
第一人者による講義を1話10分でお届け
さっそく始めてみる
「政治と経済」でまず見るべき講義シリーズ
台湾有事を考える(1)中国の核心的利益と太平洋覇権構想
習近平政権の野望とそのカギを握る台湾の地理的条件
島田晴雄
日本人が知らないアメリカ政治のしくみ(1)アメリカの大統領権限
権限の少ないアメリカ大統領は政治をどう動かしているのか
曽根泰教
「次世代地熱発電」の可能性~地熱革命が拓く未来
地熱革命が世界を変える――次世代地熱の可能性に迫る
片瀬裕文
デジタル全体主義を哲学的に考える(1)デジタル全体主義とは何か
20世紀型の全体主義とは違う現代の「デジタル全体主義」
中島隆博
過激化した米国~MAGA内戦と民主党の逆襲(1)米国の過激化とそのプロセス
トランプ政権と過激化した米国…MAGA内戦、DSAの台頭
東秀敏
これからの社会・経済の構造変化(1)民主主義と意思決定スピード
フラット化…日本のヒエラルキーや無謬性の原則は遅すぎる
柳川範之

人気の講義ランキングTOP10
インフレの行方…歴史から将来を予測する(2)明治以降の物価推移とインフレ率
戦後日本のハイパーインフレの真実…その時、何が起きたのか
養田功一郎
ソニー流「人的資本経営と新規事業」成功論(1)人を真に活かす人事評価とは
ソニー流の「人材論」「新規ビジネス論」を具体的に語ろう
水野道訓
AI時代と人間の再定義(2)仏法僧の三宝と対話による道徳的進歩
考えるとは相手の頭を使って考えること…共同で思考する意義
中島隆博
こどもと学ぶ戦争と平和(2)「本当の平和」とは何か
「平和」には2つある…今の日本は本当に平和なのか?
小原雅博
危機のデモクラシー…公共哲学から考える(6)政治と経済をつなぐ公共哲学
どのような経済レジームを選ぶか…倫理資本主義の可能性
齋藤純一
平和の追求~哲学者たちの構想(7)いかに平和を実現するか
国際機関やEUは、あまり欲張らないほうがいいのでは?
川出良枝
産業イニシアティブでつくるプラチナ社会(4)社会課題の解決に取り組む人財産業
メダカの学校・総合的な学習(探究)の時間・逆参勤交代
小宮山宏
大統領に告ぐ…硫黄島からの手紙の真実(2)翻訳に込めた日米の架け橋への夢
アメリカ人の心を震わせた20歳の日系二世・三上弘文の翻訳
門田隆将
AI時代に甦る文芸評論~江藤淳と加藤典洋(1)AIに代わられない仕事とは何か
江藤淳と加藤典洋――AI時代を生きる鍵は文芸評論家の仕事
與那覇潤
生成AI・大規模言語モデルのしくみ(2)機械学習と大規模言語モデル
常識を初めて知った!?生成AIの大規模言語モデルとは
岡野原大輔