●自己制御のメカニズム
自己制御については本当にいろいろと難しいのですが、短期的報酬と長期的報酬があります。いわゆる「マシュマロ・テスト」のような問題ではないですが、例えば今すぐ目の前に(お菓子が)1個あり、それを取れば、おいしいでしょうからそうしたくなります(短期的報酬)。しかし、今はそのままにしておいて「明日まで待つと3個になる」と言われたら…。そういう長期的報酬はどう考えるかということもありますが、(先の)短期的な衝動的選択をしやすいのは、大脳辺縁系の真ん中のところの情動欲求の部分が、短期的に強い刺激選択欲求(の信号)を出すからです。しかし、前頭葉が自制心というものを働かせ、フィードバックして、どうするかを調整していく。そのような場所が、脳の中のどこにあるかということも、ずいぶん研究されています。
このためのアルゴリズムでは、脳の真ん中の部分の大脳辺縁系が非常に情動的に、「何をしたい」「あれは嫌い」と(信号を)出すのですが、その上のほう(前頭葉)に出てきた新しい部分が、それを何とか一番いい形になるように制御しています。これが、心と情動の、人間における進化の結果なのでしょう。
とはいえ、それが本当にいい選択かどうか、難しいところです。情動的なことは常に抑えて、フィードバックをかけたほうがいいのか。それとも情動は噴出させたほうがいいのか。いろいろな場面における(行動選択の是非は)すぐ分かるものではありません。
だから、人間は過ちを繰り返すし、たまたま非常にうまくいくこともあります。そのように、認知が非常に強く関わって決める行動から、そんなものは吹っ飛ばして情動や反射だけで行ってしまう行動まで、そこにはとてもグラデーションがあります。
●人間に備わっている高度な認知能力
最後に一つ。人間は生存と繁殖に直接は関わっていないように見える、いろいろな高度な(認知)能力を持っています。
一つは、「抽象化、一般化」です。目の前の「このリンゴ」ではなく、それを「リンゴ」というものと一般化・抽象化して考えることができます。
さらに「カテゴリー化」があります。「果物」というカテゴリーにすると、リンゴもみかんもバナナもそのカテゴリーに入れることができる。これは果物というカテゴリーですね、というようにカテゴリーをつくって話すことができます。「道具」や、「悪い人」「いい人」のようなものもカテゴリーです。
それから、「概念形成」という言い方もあります。動物という概念、食べ物という概念、数という概念などです。個々のものを、今ここにあるそれだけではなく、「一般化、抽象化」→「カテゴリー化」→「概念形成」という形で、まとめてレベルを上げていくことができます。
それから、AとBがいつも起こるという「連合」だけでなく、BはAが原因で起こるという「因果関係」の推論もできます。「ベルが鳴ると餌が出る」というのは連合ですが、「ベルが鳴る」ことが、「餌が出てくる」ことの原因であるという「因果推論」は、単なる連合ではありません。少しレベルの上の推論ですが、それもできるということです。
それから、人間は「入れ子」が分かります。「入れ子構造」、すなわちAの中にBが入った全体をCとするというようなことも分かります。これは、なかなか他の動物には分からないことです。
そうすると、心も入れ子構造になります。
例えば、赤ちゃんが「ワンワン」と言い、母親が「そうね、ワンワン可愛いわね」と言う。これは、赤ちゃんの心が母親の心に再現されていることになります。「この子はワンワンを見て、可愛いと思っているのだな」というように、赤ちゃんの心が母親の心の中に映り、「そうね、ワンワン可愛いわね」と言っているわけです。
それで、赤ちゃんがニコニコするのは「お母さん、分かってくれたんだ」ということで、赤ちゃんの頭の中にも、「ワンワンを可愛いと思っている自分の姿がお母さんの中にある」ということが分かっているということで、心がお互いに入れ子になっているということです。
これが言語の基礎でもあるし、文化の基礎なのだと思います。
このような複雑なことがどうしてできるかといえば、60キロぐらいの体重に1200グラム以上の脳みそがあるからでしょう。普通の類人猿の3倍も脳みそが大きいのですが、ということは、それだけたくさんの神経が相互作用しているということです。そのために、これらのことができるようになったのはまず間違いないでしょう。
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