●スイス中銀が対ユーロペッグ制度を解除した二つの理由
今回、スイス中央銀行(SNB)が、スイスフランにおけるペッグの切り上げ・上限レート撤廃に踏み切った背景は何でしょうか。
直接的な理由としては、2015年1月22日に欧州中央銀行(ECB)の理事会を控えていたことが大きいと思います。実際に、この理事会ではいわゆる「量的緩和」の決定が見られました。要するに、この決定を経てユーロ安が極度に進行するのではないかという危機感が、SNBにはあったと思います。
また、この週末の1月25日には、ギリシャで総選挙が予定されています。私は基本的にギリシャのユーロ圏離脱の可能性はないと思っていますし、ギリシャ国民も7割ほどユーロ残留を望んでいると言われています。しかし、一方で、今回の総選挙で政権を担うとみられる急進左派連合は、どちらかというとユーロ残留に否定的で、ユーロ圏諸国との債務再編を主張しています。
恐らくこのようなことから、SNB内部では先行き不透明な危機感を感じていたのではないでしょうか。これらが、1月15日にSNBが突然、対ユーロのペッグ制度解除を発表した理由ではないかと考えています。
●スイスの「金保有に関する国民投票」は外貨準備膨張への不安から
一方で、その底流にある問題も掘り下げてみましょう。これは当時、私が的確に指摘できたわけではないのですが、昨年の2014年11月、スイス国内で金保有に関する国民投票が行われています。今となって振り返ると、これが非常に重要でした。
その経緯として、2011年からSNBが行ってきた対ユーロペッグ制度の下、為替介入の膨張があります。要は、スイスフランを売ってユーロを買う動きです。さらに、買ったユーロを米ドルや豪ドルなどに多様化する動きもありました。
いずれにせよ、ユーロを中心に外貨準備が急増する事態となり、その残高が経済規模の約8割にも達していました。ユーロ圏がいろいろもめている時期でもあり、このように急増した外貨準備に対して国民的不安が高まっていたのです。
そうした中、国民投票において、SNBの金保有をもっと増やすべきではないかという点に対する国民的審判が下されることになったわけです。
結果的に、11月に行われた国民投票で、金保有の引き上げは否決されましたが、今考えてみると、そのような国民投票が行われること自体が、異常事態なのです。それほどまでに国民的、あるいは、政治的に外貨準備膨張に対する不安が高まっていました。
11月の段階で、この事実をより強く認識しておくべきでした。そう考えれば、今回の対ユーロペッグ制度の解除は、今となってみると必然であったように見えてくるのです。
●日銀とSNBでは置かれている立場が違う
このような中、同じように量的緩和によってバランスシートを膨らませている日本銀行(日銀)が、どこまで量的緩和を続けられるのかという疑問をお持ちの方も、相当に増えているように感じます。
しかし、ここで重要なのは、日銀とSNBでは置かれている立場が全く違うということです。何を申し上げたいかと言うと、日銀が今買っている主な資産は日本国債だということです。要は、自国政府の発行した自国通貨建て債券がメインですから、日銀と日本政府の「一蓮托生」の格好になっているわけです。
これに対して、SNBは、主にユーロ建て資産を購入していました。ただ、自国資産ではないものを、しかも外貨建て(主にユーロ建て)で購入していますので、何か起こった場合、「海外の資産を買ったことで、なぜ自分たちに不利益が発生するのか」と、スイス国民から不満が出ないとも限りません。
日銀の場合は日本政府と「一蓮托生」になっていますから、日本国民としてもそこは「受け入れざるを得ない」ボトムラインになってくるでしょう。ですから、SNBと日銀が置かれている立場は、恐らく全く違うとみていいでしょう。
●日銀ではバランスシート拡大より円安進行が心配
スイスの場合は、外貨準備が経済規模比8割を超えたところで、ユーロペック制度が解除されることになりました。そのことから、エコノミストの一部には「日銀のバランスシートが経済規模8割に達すると、同じことが起こるのでは」という指摘もあります。しかし、今お話ししたように、SNBと日銀では購入している資産が全く違います。このことを考慮すると、SNBの前例が日銀に当てはまることはまずないのではないかと、私は思っています。
日銀に関して、私が考えているのは、バランスシートの拡大自体ではなくて、思いがけない円安の到来についてです。日銀の金融緩和策は、思った以上に強く為替相場に円安をもたらしています。これは、輸入物価を通じたインフレ圧力を次...