●M&A成功の好事例。両社の経営者の決断力がカギ
── ワタミとタクショク(現ワタミタクショク)の例は、M&Aがうまくいった成功事例中の成功事例と言えますね。
【解説】
2008年7月、株式会社タクショク(本社長崎県、1978年創業)の全株式をワタミ株式会社が取得し、ワタミグループの一員となった。2009年3月、ワタミタクショク株式会社に社名変更、11月に東京都大田区に東京本社を新設。
分林 ええ、本当に、やはり両社とも経営者の決断力が素晴らしかったと思います。
タクショクさんは、もともと長崎を拠点とする会社で、九州を基盤に、高齢者のために毎日夕食を配り歩く事業を展開していました。配達員だけでも3000人いました。
── 大変な人数ですね。
分林 山口県から鹿児島まで、全部毎日宅配していたのです。その当時で、そうですね、約3万食を配っていたのではないでしょうか。
── すごい規模です。
分林 年商は80億もあり、経常利益も5億近い優良企業でして、2年後には上場をと考えておられました。しかし社長は非常に頭のいい人でした。息子さんが三人いて、長男さんは税理士の資格を持ち、経営陣にも入っておられました。社長は当時66歳。2年後に上場したとして、その時には68歳、もう70歳近くになります。上場して、それから1、2年で息子さんにバトンを渡すことになる。上場した場合、われわれもそうですが、当然ながら、売り上げ1割アップとか、経常利益1割アップとか、毎年そういった要求が株主からくるのが上場会社というものです。社長は、本当に自分の息子が上場会社の社長として適任かどうかということを、まず迷われたのです。
では上場しなかったらどうなるか。ご自身は30数歳から66歳まで、企業を大きく、工場を大きくするために、借金の個人保証を30数年間ずっと負ってこられたわけです。
── 大変なことですね。
分林 首都圏へも一部展開し始めておられたのですが、地元九州と違ってブランドがありません。単独でやって全国制覇をするのはやはり難しいと考えられて、逆にどこか大手と組みたいという意向を持っておられました。
つまり、上場しても大変、非上場でも大変。息子さんが会社を継いだら今度は息子さんが30数年間ずっと個人保証をしないといけません。メーカーの場合は拡張するたびに個人保証せざるを得ませんから。その途中では、場合によっては倒産、個人破産という可能性もちらつくわけで、それならばいっそ大手と組みたいという方向だったのです。
結果として1カ月で話が決まりました。ワタミタクショク株式会社の今年の売上は400億を超す見込みでしょう。
── 何倍にもなったのですね。
分林 先期も約30億近い経常利益が出ていますから、買い手も喜んで、もちろん売り手も大変喜んでいると。売り手はその売却した約30億の資金で、息子さんたち三人ともがそれぞれ地元で事業を始めて、成功しています。
── それは素晴らしいですね。
分林 両方にとってよかったと思います。
── タクショクのオーナーさんは、やはりとても賢明だったのですね。
分林 ええ、本当に、先見の明もあるし、何と言っても決断力が素晴らしい。1カ月で決断するというのはすごいことだと思います。それと、タクショクにおられた相談役の税理士さんがまた素晴らしい人で、その税理士さんのアドバイスもよかったのではないかと思います。
●結局最後は、全国レベルの会社が勝ち残る
── 今やワタミさんにとっても一番の主力事業になっていますね。
分林 ええ、本当に。渡邉さんは「国会議員になれたのは分林さんのおかげ」などと言って下さっていましてね。無論持ち上げて下さっている部分もあるでしょうけれども。
しかし実際、居酒屋業界は今、大変厳しいです。今はやはり介護と、この宅食事業が本命ですね。
やはり企業というのは、常に新しいことを始め、新規事業を興していくことが肝要です。そのための手段としてもM&Aは有効です。やはりその典型的な成功事例だと思います。
タクショクさんもその後、諫早の駅前に千坪の敷地を購入して、会員数約5000人の会員制の温泉をしたり、2階にはデイケアセンターをつくったり、3~6階を高専賃(高齢者専用賃貸住宅)にしたりしておられます。今度また隣に4階建ての建物を新築されて、そこだけで数億の利益を上げておられます。また息子さんたち三人とも無借金で事業をしておられますから、資金の心配がなく、非常に安心して事業が展開できています。
── 個人でプライベートカンパニーのオーナーを続けるというのは大変ですね。借金があって、事業をやり続けて、例え経常利益が出ているといっても。
分林 いや、それはもう大変ですよ。しかも、ではその事業が本当に息子さんたちでうまくいくのかというと、そんな...