●悪質買主のあきれた手口
現在のM&A業界の状況は、今までと少し様相を異にしてきています。
今までは、いかにいい売り物件を安全に買主に届けるかという視点からのコンプライアンスや透明性が問われてきた。したがって、売買対象になる会社に隠れ債務がないか、何らかの訴訟が継続していないか、不正はないかといった観点からの調査(デュー・デリジェンス)が非常に厳格に行われるようになっていました。
ところが、買主側については、いわば聖域のように手付かずになっていました。買主側はお金さえ払えばいいだろうということで、買主側の財力や実績、従来のM&Aにおける行動、反社会性といった観点でのデュー・デリジェンスは全く行われない状態だったわけです。悪質買主が現れる社会的な背景は、そこにあったのです。
本件でいうと、私は先ほどこの案件の最大の弱点ないし食いつきどころは、「T社が売買契約を結んだのに、当初から代金を払っていなかったこと」だと指摘しました。このM&Aは、今振り返ると、T社の目的が九段下のビルだったことは明らかですが、それをすぐに売却するというよりも、その物件を担保に入れて自分の取引銀行から金を借り、借りた金で株代金を払うという狙いだったのではないか。今となっては、そのように推測しています。
そうしたスキームになると、結局、買主は対象会社が持っている財産をあてにして、それを担保に入れて銀行から金を借りて、株の代金を払う。いわば他人のふんどしで相撲を取るような形になるわけです。
●会社を食い物にする株主や買主
そのような手法は、往々にして不正を招きます。そもそも会社側から見ると、背任に近いようなことになると思います。株主という個人のために会社の物件を担保提供するということですから、いわば会社が買主候補に金を貸すような形になるわけです。
こういう取引は、非常に事故を生みやすく、不正を生みやすいと思いますが、そういう大きな流れがある。流れというのは、対象会社の財産をあてにして、会社の株を買い取る代金の資金調達に利用するという、往々にしていかがわしいやり方のことで、これらが増えてきたということだと思います。
もしもそういう手に乗っていたとすると、朝日出版社自体が財務的に非常に脆弱な状態にさせられる。何かあったらすぐ倒産...