●ワンマン社長の急逝と持ち株の行方
弁護士の河合弘之です。今日は、私が最近扱ったM&Aの事例、それも大変うまくいった事例をお話しいたします。
問題の会社は、株式会社朝日出版社という年商12億円ぐらいの中堅出版社です。社歴としては昔(1991年)、宮沢りえさんの『Santa Fe(サンタフェ)』という写真集で大ヒットを飛ばしました。近年は、東大の加藤(陽子)教授が書いた『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』などを出版して、知的レベルの高い出版社として中堅の、かなり重要な会社だといわれています。
この会社の財務的な特色は、九段下の100坪の土地にかなり立派な自社ビルを持っていることです。これは不動産業者にとっても大変魅力のある物件になります。このビルは、先ほど言った『Santa Fe』の出版などで大もうけをしたときに、その利益で(土地を)買って建てたということのようです。
こちらの(会社の)株は、原(雅久)氏というファウンダーが100パーセント持っていました。いわばワンマン経営だったわけです。この方が2年ほど前(2023年4月)に急死したため、会社の株は奥さまとお子さまが相続しました。従来の役員としては、小川(洋一郎)氏という方が社長でした。
●九段下の自社ビルの獲得が狙い?
(原氏の)奥さまとお子さまは、(相続の)1年後に株をT社というところに売ってしまいます。従来の役員は「その買主は株主として好ましくない」と反対しましたが、(遺族は)その反対を押し切って、売買価格当初4.5億円で、T社に売却の契約を結んでしまいました。
旧役員および従業員は、そのT社が出版とほとんど関係がなく、また(出版に)関心もない会社であるため、「九段下のこのビルが目的ではないか」と疑心暗鬼を募らせて反対をしたわけです。
T社が買ってしまえば、出版業は廃業させられるに違いない。私たちは出版文化を守りたい。自分たちの職場を守りたい。そのようなことで、旧役員と従業員が一体となって反対運動をしたということになります。
それに対してT社は、遺族から委任を受けて、従来の役員である小川氏らを解任しました。そして、新たにS氏という代表取締役を選びました。(T社は)まだ株主ではないのに、いわば株主であるかのごとく振る舞って、旧役員...