●「島のケルト」と「大陸のケルト」、伝承の最終地点はアイルランド
―― 皆さま、こんにちは。
鎌田 こんにちは。
―― 本日は鎌田東二先生に、ケルト神話についてお話をうかがいたいと思います。先生、どうぞよろしくお願いをいたします。
鎌田 よろしくお願いします。
―― ケルト神話というと、おそらく多くの方が聞いたことはあると思うのですが、地域的にはどのあたりの神話と考えればよいのでしょうか。
鎌田 ケルトという地域はかなり広範囲にわたっています。一般的には「島のケルト」と「大陸のケルト」といわれてきました。島のケルトはアイルランドが中心で、イギリスのウェールズ地方、南部のコーンウォール地方、北部のスコットランド地方など、イギリスの一部も含まれます。
それに対して、大陸のケルトはフランスの一部、特に西北部、そしてスペインの西北部に広がっています。このあたりでは「スペインケルト」や「フランスケルト」と呼ばれています。
もともとはオーストリアやヨーロッパの中部から東欧に近いところで発祥し、移動してきたとされています。その最終地点がアイルランドですね。ですから、そうしたものを相当含み持ちながら、最終的にはアイルランドで伝承されていった。濃厚に残っているのがアイルランドなのです。
●ケルト神話には大きく3つの神話群がある
―― それでは、先生、ケルト神話の総括的なあらすじや、その特徴についてお伺いできますか。
鎌田 いろいろな伝承テキストやフォークロア的な採話があるため、はっきりしたことをいうのは難しいのですが、その上で簡単にいうと、大きく3つの神話群があると総括できます。
まずダーナ神族(の神話)、次にアルスター神話の大きな流れ、そしてフィアナ神話というものです。歴史的な見方をすると、これらはアイルランドに移住してきた人たちの第1世代、第2世代、第3世代の神話体系が、それぞれの群として残っているというふうにも理解できます。
ですから、ケルト神話というときに、それは本当にケルト族が伝承してきた物語なのか、あるいはそれ以前からいた土着の人々が持っていた神話が新しく入ったケルト族の神話に取り込まれたものなのか。例えば、メソポタミア神話がユダヤ神話に取り込まれたように、アイルランドやイギリス、ブリテン島に伝わっている神話群が、ケルトの人たちに取り込まれて、ケルト神話の中に体系化され包括されたということも考えられるということです。
いろいろな要素を持ちながら、いわゆるケルト神話というものが、大体10世紀から16世紀にかけて、キリスト教の修道院や修道士の中で伝承の体系としてまとめられていきました。
そのようにして今日に伝わっているため、簡単にあらすじをお話しするのは、なかなか難しいということになります。
●ケルト神話には創造神話がない!? いや、ないはずはない
―― メソポタミア神話は人類の最初期にできた神話ということですが、メソポタミアとユダヤ、ギリシアは地理的にも比較的近いと思います。一方でケルトになると、時期も距離も離れています。メソポタミアやギリシアといった地域の神話と、このケルト神話の大きな違いは、鎌田先生はどのようにご覧になりますか。
鎌田 「創造神話がない」ということが、ひとつの特徴として語られることがあります。
―― そうすると、天地創造がないと。
鎌田 神話を体系的に考えていくとするならば、「この世界がどうやってできたのか」「われわれ民族なり人間は、どこからどこへ向かっているのか」「どのようにして生まれてきたのか」、これらは最大の関心事ではないでしょうか。
ところがケルト神話には、天地創造というか、天地がどのように開闢して始まったのかについて、明解な伝承群がないといわれています。それが「ない」ということが、一体何を意味するのかということも、ケルト神話研究の一つの問題点といいますか、特徴ともいえます。 つまり、なぜそうなのかが問題点の一つなのです。
私の考えですが、世界の起源を語る神話がないはずはないと。ケルト族であれ、何族であれ、何かあったはずだと。
あったはずだけれど、それをまとめて記録していく人たちの中で、その部分がテキストとして今日まで残っていないだけなのではないか、というのが私の考えです。
残されているのは部分、部分のもので、それが修道院などに伝えられています。修道院はキリスト教の施設ですから、キリスト教では『旧約聖書』に明確な創造神話がありますよね。そうした神話があるのに比べると、ケルトの人たちの創造神話のようなものがあったとしても、非常に不明瞭なものであったり、特色がなかったり、面...