●プロメテウスによる人間創造の物語
鎌田 次に「人間のはじまり」や「文化のはじまり」について語りたいと思います。
ユダヤの神話だと、神が人間を粘土(土)から創造するという物語が多いのです。ギリシアにおいても、そのような物語はあります。プロメテウスが粘土から人間を創ったという物語があり、それはメソポタミアにもエジプトにもあり、地中海世界全体に共有されている一つの神話素といえるものだと思います。
人間の登場をめぐる物語には大きく分けて3つあり、1つには(先述した)プロメテウスが人間を創ったという話が伝わっていますが、(そのほかに)これまでお話しした大地から自然に生まれてきたというものと、神々が創造したというものがあります。
プロメテウスという神ですが、意味としてはなかなか含蓄があります。「プロ」については、英語で「プロローグ」というように「序章」「はじまり」といった意味を持ち、「メテウス」は、「知恵を持つ」「見る」「知る」といった意味を持っています。ですからプロメテウスとは、「あらかじめ持っている知恵、先見の明」という意味合いになります。
その弟にエピメテウスがいます。プロメテウスに対してエピメテウスということで、「エピローグ」という言葉は「終章」「終わり」という意味ですが、プロメテウスが「先知恵、先見の明」だとすると、エピメテウスとは「後知恵、一番後から出てくる認識」ということになるので、結局はプロメテウスの二番煎じ、三番煎じのようになります。そのため、知恵としての一つの役割としては劣ることになります。
そのプロメテウスが人間の世界に先取りしていたものを与えたという話になるので、プロメテウスの話は非常に重要な意味合いを持っているのです。
そして、クロノスの兄弟にイアペトスという神がいます。クロノスは、タイターン族です。
―― 巨人族ですね。
鎌田 タイターン族で巨人族です。第2神権時代を支配したクロノスの弟イアペトスという神ですが、巨人族のクロノスの系統として、そこからアトラスやメノイティオス、プロメテウスやエピメテウスといった兄弟が生まれてきます。ちなみに、有名な「アトラス地図」という言葉があるように、天を支えるのがアトラスの役割です。
プロメテウスはそういった出自を持つので、非常に強烈で強力な力を持っています。そして、ゼウスに反対されるのですが、人間を創り、人間に大きな力を与えます。要するにプロメテウスが人間を世話するのです。人間に対していろいろな恵みをもたらします。神々の世界にあるようなおいしい料理や暖房などをもたらすために、火を天界から盗んで人間世界に与えます。この「火の使用」という物語が、ギリシア神話の中では非常に大きな意味合いを持っています。
●日本神話の「火」とギリシア神話の「火」の相違点
鎌田 日本では、イザナミが火の神を生み、ホトを焼かれて黄泉の国へ行きます。火を生んだために女神の命が失われたので、火の誕生は結構シリアスなものです。
―― そうですね。
鎌田 日本神話では、生と死を分けるもの、生と死のボーダーを生み出すものとして「火」があったのですが、ギリシア神話では、神々と人間をつなぐもの、そして人間世界に神の世界の力を与えるものとして「火」があったので、より文明的な火と考えられています。日本の場合は火山列島ですから、噴火するものが持っている力として、より自然界的なイメージで語られています。
その天界の火を、プロメテウスが人間世界に与えました。ところが、そこからまた次の展開になります。人間によい恵みを与えると、ゼウスがそれに対して妨害します。人間に悪いものを仕掛けるのです。
―― よいものを与えたから、今度は悪くしないといけないということですね。
鎌田 なぜそうするかというと、神のような力を持たれては困るからです。そこでも、神々と人間との間には歴然とした格差があるのです。日本の場合は、神々と人間との間に格差がありません。
私は子どもの頃、ギリシア神話と日本神話の共通点をとても感じました。しかし、今となってみると、確かに多神教で似ている神話素はいくつもあるのですが、違いも非常に大きいことが分かります。その大きな違いは、先ほど言った巨人の問題、あるいは下降史観であるということ、もう一つは人間世界に生まれてくる希望のようなものをどう捉えるか、という点です。
先ほど、プロメテウスが人間に恵みを与えたのち、ゼウスが妨害をするという話をしました。
プロメテウスが人間に恵みを与えたとき、(ゼウスが)どういう妨害をしたかというと、皆さんもよくご存じなのはパンドラの箱の物語ですが、そのもとがゼウスによって仕掛けられるわけで...