●ギリシア神話に影響を与えた巨大文明
―― 人類はアフリカ大陸から出発するので、当然日本人の始祖もかつてギリシアを通ってきた。いってみれば日本に来る過程で神話の原型となるものがすでにあって、それを持ちながら移動していったということですか。
鎌田 一番古い神話が地球の隅々まで行ったかどうかは分かりません。けれども、ある段階で古いものを新しくリニューアル(リノベート、上書き)した神話が、いろいろな形でいろいろな地域に残され、あるいは作られて、伝承していったのです。
巨大な神話としてはまずエジプト神話です。エジプト文明のスフィンクス、あるいはピラミッドなどといったものを支えた神話体系があります。また、メソポタミア文明にはジグラット(神殿聖塔)を中心にした神話体系がある。エジプト神話とメソポタミア神話は巨大文明の神話体系で、王権と結びついています。
その狭間にあって、ユダヤ人(ヘブライ人)たちの神話が『旧約聖書』として独自に登場する。この『旧約聖書』の神話も、エジプト神話とメソポタミア神話の影響を受けながら独自の構造を作り上げてきています。
またギリシア神話ですが、ギリシアは地中海を隔ててエジプトのアレクサンドリアから目と鼻の先にあるでしょう。
―― しかも間は海ですから、比較的行き来しやすいですね。
鎌田 地中海は太平洋のような荒海ではありませんから、頻繁に交流、交換はあっただろうと推定できます。そうすると、エジプト神話がクレタ島などを通ってギリシア本土に伝わっていくことも十分あり得ます。それから陸路で、コンスタンティノープルなどを通ってメソポタミア(今のイラクやトルコ)のほうから隣国ギリシアに伝わってくることも考えられる。それほど至近距離なのです。
そのようなエジプト神話体系、メソポタミア神話体系の影響などを受けながら、神話的物語がギリシアの風土の中で練り上げられていき、いわゆるオリンポス十二神の物語――ゼウスを中心神格として多くの神々がさまざまな活動をする物語――ができてくる。その話の中の1つとして、ゼウスの子・ペルセウスの英雄神話も出来上がっていく。ゼウスの子・アテネ、アポロンなど、いろいろな神々の物語ができていったといえます。
―― 可能性として、ですね。
鎌田 伝播が中心になりながら、その土地の風土の中で、あるいは部族の中で上書きされていった。定着する際に、神話“方言”として、それぞれの地域の中で独自に色付けされ、アクセントがついていったのだと思います。
●「出アフリカ」「出ユーラシア」を経て日本へ
―― たしかにエジプト神話やメソポタミア神話がギリシア神話に影響するのは、距離的に考えても分かります。ですが、問題はギリシア神話と日本神話が似ていることです。エジプトやメソポタミアからも非常に遠い距離にある日本の神話と、なぜギリシアの神話が似てくるのか。伝播説でいえば、どの段階の神話が伝播したかということが非常に不思議ですね。
鎌田 伝播説からすると、メソポタミア神話やエジプト神話といったものが、アッシリアやスキタイなどのさまざまな国の戦争や商取引によって、シルクロードを通って中国、朝鮮半島、あるいは中国の南部のほうから日本に、もしくは騎馬民族説であれば北方ルートを通って日本に伝わっていった。または南方を経由して太平洋――例えばインドネシアやフィリピンなど――とつながりながら、海の道を通って日本に入っていったなど、いろいろな経路は想定できます。
聖書の中で、創世記のあとにすぐ出エジプト記があります。出エジプト記は、より普遍的な言い方をすると、出アフリカ記です。だから、神話はアフリカで最初に始まったと仮定して、「出アフリカ」をする(もちろん「出エジプト」もする)。アフリカから出て、ヨーロッパに行ったり、アジアに行ったりしますが、そのアジアから今度は「出ユーラシア」します。「出ユーラシア」したものがイギリスやアイルランドに渡り、極東にある日本にも渡る。
「出アフリカ」の次の段階は、大きな単位としては「出ユーラシア」です。「出ユーラシア」をさせるきっかけは戦争と経済でしょう。商取引ということになれば、移動者がいます。人の移動によって、神話的な要素あるいは神を信仰するといった世界観が伝わっていったと思います。
●ユング的な生得説――人間の深層心理に神話の原型がある
鎌田 もう1つはユングのような考え方です。われわれの心の中に、神話的な原型を生み出す深層心理学的な心の回路があり、そういった深層的な心の回路の中から、神話の原型が生まれる、ということです。
聖老人のイメージ、老賢者のイメージ、あるいは英雄が持つ基本的なキャラクターといったものに対し、私たちがどこに住んでいようとも、どの時代にあって...