●新しい世界を切り開く「不思議な道具」
鎌田 ペルセウスはそのようにして母親から生まれるのですが、また不思議な預言があります。ペルセウスは怪物を倒して、そのあとアンドロメダという女性と結婚することになります。怪物を退治して美しい姫(女性)を娶る(めとる)といった話が「アンドロメダ神話」だといわれるようになって、英雄神話の中の1つの物語類型になっていきます。
そのときに「どこでもドア」のような不思議な道具を授かります。このあたりがまた神話の面白いところです。ドラえもんは未来からやってきたロボットですが、神話的な物語の類型を持っているということですね。
―― なるほど。たしかに非常に強力な道具を与えてくれますね。
鎌田 つまり世界を変容させる道具を持っているのです。神話は、人間が変容することによって世界が変容する、世界が変容することによって新しい幕が開く、新しいドラマチックな世界の展開が生み出される、といったことを次々と物語的に繰り出していくわけです。その仕掛けとして、不思議な出来事が起こるための「開けゴマ」のような神宝(宝物)があるのです。
―― 世界を変える力、それを開ける鍵といいましょうか。
鎌田 はい、一種の秘密のパスワードのようなものがあるのです。それに当たるものが、ペルセウス神話では3つあります。ペルセウスが持っている3つの道具は、アテネからもらった青銅の盾、ヘルメスから得た金剛の鎌、それからハーデス(冥府の神)からもらった隠れ兜です。隠れ兜は透明人間になってしまいます。透明人間になれるヘッドセットのようなもので、それをかぶると目に見えなくなります。青銅の盾は、この盾を通してあらゆるものを防ぐことができます。
そういった不思議な道具を手にすることによって、ゴルゴンという強力で不死身といわれる3姉妹の末のメドゥーサという娘を退治します。メドゥーサはもともと美少女だったのですが、神ヘラの怒り・嫉妬を買って、髪が毒ヘビのようになります。メドゥーサの金色の目を見た者は石になってしまう、そういったイーグルアイ(魔眼)と不思議な恐ろしい髪の毛を持っているのです。だから誰も近付けなくなってしまいます。その末の娘メドゥーサを退治するのです。
(ということで、)3つの道具を駆使しつつ、そのような強力な怪物を退治することを通して、次の世界を切り開いていく。そういった、難題解決をして新しい世界の幕開けを呼び込んで、そして結婚して新たな子どもをもうけるという英雄神話です。
そのときに結婚した相手がアンドロメダでした。そしてペルセウスは、自分自身の数奇な運命に突き動かされながら、新しい世界を切り開くと同時に、あるものの終わりを宣告するという役割を果たしていくのです。
●物語が類似する可能性としての「神話伝播説」
鎌田 日本の神話の中でアンドロメダ神話に近いのは、スサノオがヤマタノオロチを倒した話です。ヤマタノオロチは八頭八尾ですから、頭が8つ、尾も8つある、ものすごく巨大な存在です。誰もかなう相手ではありません。その怪物を、スサノオが酒に酔わせるなどの策略をもって退治します。退治した体内から草薙剣(くさなぎのつるぎ)という、三種の神器の1つになる宝物を発見し、それをアマテラスオオミカミに献上します。
スサノオはこれまで母を失った悲しみにくれていたけれど、「やっと自分の心が晴々と清々しい状態になった」と言って、(アンドロメダに代わる)助けたクシナダヒメを娶って、そして愛の御殿を建てます。(出雲の)須賀の地に行き、「吾が御心、清々し」と言って、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」という歌を歌い、そしてそこから新たな世界が生まれてきた。日本は歌の国、詩の国になったのです。
オルフェウスとつながると同時に、今のペルセウスの話にもつながっています。こういった類似の物語があちらこちらにあるのです。
―― これが、先生が冒頭(第1話)でおっしゃったように、これほど距離が離れていて、文化圏も違うにもかかわらず、なぜそれほど似た要素が神話の中にあるのでしょうか。驚くほど似ていますね。
鎌田 なぜだと思いますか。
―― 英雄神話は比較的分かりやすいと思います。例えば、結婚するにあたって難題を課せられる、あるいは「娘を助けてくれ」と言われ、助けたことによって結ばれる、などというのは比較的想像しやすいと思います。ですが、冒頭(第1話)にあった、死の世界(冥府)に妻を取り戻しに行く、しかも帰る途中、もう一歩のところでダメになってしまうなどというのは、どうして似てくるのかと非常に不思議ですね。
鎌田 やはり思い通りにならない運命のようなものがわれわれの世界には、現実としてあるということでしょう。思い通りにならな...