●世界各所に不老不死伝説がある
鎌田 それ(『日本書紀』の浦嶋子伝説)が次の段階になると、さらに詳しくなります。それが『丹後国風土記』ですが、そのものは残っておらず、「残欠」といって他の本の引用から一部分が分かっており、『丹後国風土記』逸文という形で残されています。その中にこう記録されています。
〈雄略天皇の時代、水江浦嶋子はとても美男子だった。小舟に乗って、釣りに出かけた。3日3晩、1匹の魚も釣れなかった。しかし5色のカメ(亀)を得た。そのカメがいつしか美しい女性となった。そして「私は天上の仙人の家の者(天女)である」と名乗った。
浦嶋子はその女性に眠らされて、気がつくと海の中の島にいた。そして、すばるの星とされる7人の童子と、あめふり星とされる8人の童子、それから女性の父母らに館の中に迎えられ、歓待されて3年間、海中の仙人の都にとどまった。
ところが、故郷のことを思い出して、「神仙之堺」から俗世に戻ってくる。このとき、妻となっていた女は浦嶋子に玉手箱を渡して、「絶対に開けないように」と忠告した。そして浦嶋子は帰っていった。ほぼ3年間、海の中で過ごして帰ったところ、自分の家はない。「ええっどうしたの?」とよくよく確かめてみると、どうも300年のときがたっていた。自分を知る者は誰もいない。
浦嶋子は絶望し、心乱れてしまって、「開けないで」と言われていた玉手箱を開けてしまった。そうすると瞬く間に姿かたちが年寄りに変貌した。「開けてしまうと二度と会えなくなってしまうのですよ」と言われていた通り、永遠の別れになってしまった。〉
このような話です。この話はどう考えても変ですよね。
―― 変ですね。
鎌田 いろいろな不思議さがあります。海の世界での3年が地上では300年になっているのはいったい何を意味するのか。あるいは不死や不老長寿といった人間の死生観、などです。仙人の世界のイメージ、あるいは神は不老不死であるといった神々の世界のイメージが、人類の中にはあります。私たちは現代の科学技術を駆使して、例えばクローンの創造ということで、今いろいろな動物などで作ったりしているでしょう。そういったことは、神話的な物語の中という別の語りのパターンで起こっているのです。
その1つのイメージが不老不死です。不老不死を求める話は、ギルガメッシュの話の中にも、秦の始皇帝の話の中にもあり、例えば日本でも始皇帝から命令された徐福が渡ってきた徐福上陸伝説の中にあります。
そういった不老不死のようなものを求める人間の営みが、背景の1つにあります。ギリシア神話では、タイタン(ティターン)などといわれる巨人の国、不死なるものが生きている世界、不老長寿的な世界が仙人の世界で。そういった仙人の世界が海のかなたの常世の国にある、というイメージがすでにあるのです。
日本以外のいろいろなところでも、そうした不死の国のようなところがあり、そこに行ってその国のリンゴの木の実やミカンの木の実を取って食べたら永遠の命を得るといった話があります。そのような話の1つ(話型)ともいえます。
●浦島伝説のもとは「海幸山幸」か
鎌田 私が浦島伝説で一番おかしいだろうと思うのは、タブーです。「見るな」「開けるな」のタブー。パンドラの箱もそうですが、「開けるな」という箱をなぜ渡すのでしょうか。
―― これも一種のテストといいますか、試練を与えるということなのですか。
鎌田 もちろんそういうことになりますね。(ですが)その試練に失敗するわけですね。試練に立ち向かい成功して英雄になっていく話と、試練に敗れる、あるいは試練を解決できず、より悲劇的に幕を閉じていくという話のパターンがあります。
(後者のほうですが)問題解決はできなかった。悲しい定めになってしまった、と。だけれども、そういった物語があることによって、人間に対する何らかのメッセージを発しているのです。あきらめをもたらす、あるいは不思議な国との接点がかつてあったことを思い出しながら、今をどう生きるか、「君たち、今ここで生きることの意味(命の意味)をよく考えなさい」といったことなど、いろいろなことを考えさせるきっかけにはなるわけです。浦島太郎という者がいたことによって。
浦島太郎がタイムトリップした話では、愛する女性が「開けるな」と言う“玉手箱”という箱を渡しましたが、実はこの話の元は「海幸山幸」だと私は思っています。
海幸山幸の話では、山幸彦は竜宮城へ行き、そこで何年か暮らして、(失くしていた海幸彦の)釣り針を持って帰ります。そのときに海の神の娘である豊玉姫が、潮盈珠(しおみつたま)と潮乾珠(しおふるたま)を山幸彦に渡し、山幸彦がそれらをうまく使って世を統治するという成功物語になっていきます。そして山幸...