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ノアの箱舟、ビール…人間の行動の原型とメソポタミア神話

メソポタミア神話の基本を知る(3)大洪水神話のルーツ

鎌田東二
京都大学名誉教授
情報・テキスト
世界の神話には大洪水について語られているものが少なくない。現在、もっとも有名なのは『旧約聖書』に出てくる「ノアの箱舟」だろう。だが、世界中の大洪水神話のルーツは、実はメソポタミア神話にあるという。メソポタミア神話が、ユダヤ神話をはじめ世界各地の神話に様々なかたちで伝承され、大きな影響を与えていったのだ。最終話では、ノアの箱舟の物語について解説しながら、神話から見えてくる人間行動の原型に迫る。(全3話中3話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:11:28
収録日:2022/04/12
追加日:2023/06/28
≪全文≫

●世界の「大洪水神話」のルーツ…「ノアの箱舟」の原型は?


鎌田 それから、もう一つ、これはどうしても語っておかなければいけないのは、大洪水神話です。

 なぜ大洪水神話が重要なのかというと、今、私たちは宇宙に出ていこうという宇宙開発競争の技術開発をしてきたわけです。旧ソ連とアメリカが中心となって、月面着陸なども含めて、1960年代頃から宇宙開発競争がどんどん展開していきました。そして今では、火星移住計画などいうものまで実際にあります。NASAやアメリカなどはそれを強力に推進しています。

 その元をなすのは『旧約聖書』の中にある「ノアの箱舟」の話です。人間が神から離反し、さまざまな悪いことを起こすので、神は人間を懲らしめるために大洪水を起こす。神はそのことをノアに告げます。ノアはそれを皆に話しますが、神を信じない人々は、全く信じません。「ノア、おまえ、頭がおかしくなってしまったのではないか。狂ってしまったのではないか」と。

 誰も信じないので、ノアは、一人で神に指示された通りの箱舟を造り、さまざまな動物の種になるものをそこに運び入れます。

 そうして、みんなから笑いものにされていたノアですが、大雨が降り、大洪水になって、(その箱舟は)40日40夜揺られ続けた後、最後にアララト山に漂着します。そして、新しい世界がノアの子孫で拓かれていく、といった有名な話が『旧約聖書』に出てきます。

 川上さんも読んだことがあると思います。

―― はい、ございます。

鎌田 あの話の元は、実はメソポタミア神話なのです。

―― 同じような筋立てなのですか。

鎌田 「ほとんど同じだ」といっていいと思います。『旧約聖書』を信じる方々には非常に厳しい表現になってしまいますが、ある種、神話も影響されているので、ある種のパクリとかコピペのようなものがあるのですね。そして、その「神話要素」は広く伝承され、伝わっていくのです。

 ですから、メソポタミア神話のあるものは間違いなくユダヤ神話に引き継がれています。ユダヤ神話の中には、エジプトに元々あった一神教的な要素もある。そして、大洪水神話やエデンの園の物語などは、メソポタミア神話の中に原型がある。つまり、メソポタミア神話体系から引き継いでいるのです。

 ウルやウルクといった、(現在のイラクの)バビロニアの地域は、もともとアブラハムが住んでいたところです。彼はメソポタミアのほうからイスラエルのほうへと移動していくのです。その移動経路を考えれば、ユダヤの祖になっているアブラハムは、まさにメソポタミア文化の中にいた人物なので、その文化を元にしながら新しい神の世界を切り拓いていったのでしょう。だから大洪水神話も、そこを移動し、引き継がれたということになります。

―― 今、表(スライド)を先生に見せていただいていますが、これはさまざまな物語で共通して書かれていることになるのですね。

鎌田 はい。いまお話しした『旧約聖書』のノアの箱舟の話は、シュメール版の大洪水神話であるとか、『ギルガメッシュ叙事詩』の中に表現されている洪水の神話であるとか、あるいは他の、粘土板に描かれた神話伝承などを全部総合して考えていくと、共通する要素があります。

 1つは、ノアのような役割を果たす人物がいるということです。つまり、救済する力を持った神がいる。救済神は、ユダヤ教の場合、唯一なる神のヤハーヴェです。メソポタミア神話の場合は多神教なので、エンキ(エアとも呼ばれる)という神様がーー水の力を持ち、人間を創造し、神々の中でも最も思慮深い知恵を持つ神様ですがーー救済神になるのです。

 そして、救済する神が「これから起こることを注意しておかなくてはならない」とメッセージを発する。そして「船をつくろう」という救済方法を受け取る人間の側が、(メソポタミア神話では)ジウスドゥラなどの色々な人物になっていきます。このジウスドゥラなどの人物に当たるのが、『旧約聖書』ではノアになるわけです。そして、彼らは巨大な舟(ノアがつくった箱舟のようなもの)を造る。そして、その中にハトやツバメなどの鳥や、種子など色々なものを運び入れて、大洪水の後、あるところに漂着します。

 たとえば、『ギルガメッシュ叙事詩』ではニムシュというところに漂着する。『旧約聖書』ではアララト山になっています。これはなぜかというと、チグリス川・ユーフラテス川の源流に当たる場所がアララト山脈なので、要するに大洪水を引き起こした最初の原点に漂着したというお話になっているのです。だから、非常によくできています。

 そして、この話は『旧約聖書』の場合は、エデンの園の話ともつながっています。『旧約聖書』には、エデンの園の中にチグリス・ユーフラテスとい...
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