●北欧神話に登場する流浪の詩神
鎌田 今日は北欧神話を例に取ってみましょう。前回インドの最高三神がブラフマン、ヴィシュヌ、シヴァだと言いましたが、北欧の中で非常に重要な神々として崇められてきたのが、オーディン、トール、フレイという三神です。
スウェーデンにウプサラという都市があり、ウプサラ大学という昔から神学が非常に栄えた大学もあります。そのウプサラに(かつて)あったウプサラ神殿には、この三神の神像が建立されていました。オーディンはドイツ語でヴォータンともいい、日本のスサノヲノミコトに非常に似ている神です。
―― どちらかというと、荒ぶる感じの神様ですか。
鎌田 はい。非常に狂ったように荒ぶったり、激怒したりする神でありつつ、流浪(エグザイル)します。スサノヲノミコトも、遍歴して出雲に降り立ち、そしてヤマタノオロチを退治するでしょう。そのように流浪して、詩をうたう。そのようなスサノヲノミコトが「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」とうたって日本最初の和歌神になっていくように、オーディンも詩人の神、詩的な存在とされています。
そして、風や嵐の神という性格を持っています。例えば、世界ができあがって風が吹く、水が流れる、土ができて陸ができる、火が燃えて噴火するという自然現象は、世界で共通の普遍的なものですね。世界ができあがってくる世界観――世界創造神話の中での地水火風、儒教・道教的に陰陽五行でいえば木火土金水のような基本物質、基本元素――には普遍性があるのです。
そのため、火の神、水の神、風の神といった神々は、名前こそ違うけれども世界の至るところで、いろいろな神々として登場します。風の神、嵐の神はヒンドゥー教でも出てくるし、日本でもシナツヒコ、シナツヒメといった形で出てくる。北欧神話でも『古エッダ』『新エッダ』などのエッダの神々において、あるいはゲルマン神話の中でも出てきます。もちろんギリシャ神話でも出てくるわけです。
●崇拝される農耕を司る神
鎌田 それがオーディンで、次はトールです。トールがその三体の神像の中でも一番大きい姿で描かれていて、農耕に関わるということでとても崇拝されたそうです。
アマテラスオオミカミが非常に崇拝されることになるのは、「斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅」といって、孫のニニギノミコトに稲を授け、人間が生きていくための糧(作物)を育む方法を教えたことになるからです。だから現在も、天皇が田植えをしたり収穫をしたりして、収穫感謝祭として新嘗祭を行います。そして一世に一代行う大新嘗祭として、大嘗祭を行う。
折口信夫の説によると、この大新嘗祭は天皇霊というものが新天皇に付着して一体になり、天皇という霊位を完成するという、ある種スピリチュアルな意味があります。このように、農耕を司る根源的な力は命や生活に関わるので、どの社会でも農耕神は崇拝されるのです。豊穣を予祝する、豊穣を司るということです。
トールという神も、母親が大地の女神・ヨルズとされ、そして父親がオーディンです。スサノヲノミコトのようなオーディンと、ギリシャ神話でいえばデーメーテルのような大地の女神の合体したものとして、トールが生まれてくる。そのため、父親の性格である、やや狂ったような、激怒したような、嵐のような部分が非常に強い。だから雷神(雷の神)なのです。
雷というものは非常に激しいけれど、水をもたらします。日本では、雷は「稲妻」ともいわれていて、雷が鳴り、稲が生育する。なぜ雷を「稲妻」というのか、興味深いでしょう。雷が稲を生育させていく霊的な力を持つという考え方が根幹にあるのだと思います。
そのトールが、雷神であり、農耕神であり、戦いの神でもあって戦いに非常に強い。それは父親の性格をも引き継いでいて、ギリシャ神話でいえばゼウス神のような最高神格と同じともされていくような強い神格です。
それからもう「一柱(ひとはしら)」神がフレイという美しい豊穣神で、このフレイが妖精の支配者ということになっていきます。