中国の中心は古代から現代に至るまで、黄河と長江が織りなす「東方大平原」である。ここは古代から現代まで人口が密集する極めて重要な地域である。一方、秦の拠点となった「渭水盆地(関中)」は守りやすい地形で、始皇帝はここに都を置いて大平原を支配した。今回の講義では、この地理をまず頭に入れるとともに、殷周革命に至る歴史の流れを見ていく。中国の地形を頭に入れることで、春秋戦国時代の各国の戦略や始皇帝の統一事業の歩みをより深く理解できる。(全9話中第2話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●東方大平原と渭水盆地――春秋戦国時代の重要な地域
―― 皆様こんにちは。
本日は鶴間和幸先生に、中国の春秋戦国時代と始皇帝というテーマで、主には秦とその他の六国との戦い、またその背景についてお話を伺ってまいりたいと思います。
例えば、孔子の『論語』で春秋時代がどうだとか、中国古典的にはそういうことを聞くことはあるのですけれど、歴史が実際どうだったかとか、それぞれの国がどうだったかということは案外知らないことも多いように思います。そもそも中国の春秋戦国時代はどういう時代だったのかということから、まずお聞きして、それぞれ戦国七雄の背景に迫りたいと思います。
いきなり大元の大元に行ってしまいますけれど、中国ですと、王朝が「夏」から始まるということになるのですね。
鶴間 はい。夏、殷、周ですね。
―― ですよね。夏はよく伝説上の時代だといわれていましたが、最近いろいろ研究も進んでいるようですね。
鶴間 はい。夏王朝自体は実在だとは思います。ただ、文字的な確実な史料がないですから、そうではないという意見もありますけれど、考古学的には確かめられているということです。だから、夏、殷、周という時代は、考古学的にはかなり分かってきています。
ただ私の専門は秦・漢ですから、(そちらを中心に)ずっと中国文明(についての研究)の仕事を行ってきました。以前には中国文明展の監修などもやったりしました。なので、今日の問題にも関わりますけれど、中国の文明はどこで起こったのか、その舞台をまず説明したいと思います。
―― その舞台というと、どういうことになりますか。
鶴間 歴史学をやっていると、やはり現場を歩くのが非常に重要ですので、中国の地理が頭に入っていないといけません。これは今の中国全体の地図です。
―― 立体地図ですね。
鶴間 東方に緑のところがありますね。この地図は現代の中国ですけれど、古代の中国の中心はだいたいこの緑の部分なのです。緑の部分は、黄河と長江が織りなす、いわゆる平原です。(標高)100メートル以下ですので、そこは黄河で洪水が起きれば、水没するようなところです。そこには共通の名称がないので、私は中国の「東方大平原」と名付けました。
―― 東方大平原。
鶴間 はい。東方大平原が中国文明、つまり黄河文明と長江文明を合わせて1つの世界として捉えたのです。...