●実効相場には名目と実質の二種類がある
二つ目のトピックは、実効為替相場の概念です。
実効為替相場とは、一言でいうと、日本の主な貿易相手国に対する、全体としての円の強弱感を示すものです。こういった加重平均された通貨インデックスを実効相場と呼んでいます。
通常、実効相場には、名目実効相場と実質実効相場の二種類があります。名目実効相場は、いま申し上げた通り、日本の主な取引相手国に対する、全体としての円相場の強弱感を示しています。そこには、ドル円、ユーロ円、豪ドル円、韓国ウォン円といった通貨ペアが入っています。この名目実効為替相場から日本と海外のインフレ格差を考慮したものが、実質実効円相場です。要するに、名目か実質かは、インフレ格差を考慮する前か後かの違いなのです。
●円の実力は過去20年間下がっている
まず名目実効為替相場に関して言えば、過去2年半の円安によって急激に下がり、円安が進行している格好になっていますが、つい2012年まで、名目実効円相場は過去最高値圏に達していました。その時、ドル円相場は1ドル75円台まで円高ドル安が進み、名目実効円相場も過去最高値圏に達していたということです。
ところが、そこから日本と海外のインフレ格差の累積を考慮した実質実効円相場は、2年半の前の段階でも、変動相場制に移行した1973年以降のおおむね平均水準です。足元においては、そこから一段と実質円安が進んで、変動相場制以降の円の最安値圏まで下がってきている状態です。
繰り返しになりますが、名目実効円相場と実質実効円相場の違いは、国内外のインフレ格差です。要は、実質実効円相場が下がっている動きは、主には日本のデフレの反映、もしくはディスインフレ、海外よりもインフレ率が低いことの反映であると言っていいと思います。逆に言うと、過去何十年間か続いてきた名目実効円相場の上昇は、日本の経済力が強くなることの反映ではなく、主には日本のデフレ、もしくはディスインフレ、海外よりもインフレ率が低いことによって名目為替レートが押し上げられてきた動きだったと整理できます。
では、名目実効円相場からインフレ格差を考慮した実質実効円相場のピークはいつだったのか。それは1995年です。その時、ドル円でいうと80円を少し割り込むドル安円高が進みました。実はそこがピークで、以降約20年にわたって、実質実効円相場は円安が進んできました。
実質実効円相場を日本の実力と置き換えていいのかどうかは議論の残るところではありますが、仮に実質実効円相場が円の実力だと考えるならば、過去20年間近く、実は円の実力は下がっているということになります。
名目為替レートで見ると、例えば2年半前まで続いていたドル円相場の円高現象は、ひたすら日本のインフレ率が低いことによって起こっていた現象だったと整理することもできるでしょう。逆に言うと、1995年ごろまでの円高は、名目実効相場も円高ですし、実質実効円相場も上がっていて、まさに名実ともに円高でした。やはり日本が比較的強かった時の反映であったといえるでしょう。
●1990年代、日本に三つの変化が起こる
では、実質実効円相場の長期トレンドがこのように転換した1990年代、どのような変化が起こっていたのでしょう。私が見るところ、三つの変化が起こっていたと思います。
一つは、日本の高齢化です。ちょうど1990年代に入って、16歳から65歳までの生産年齢人口がピークアウトする動きが起こっています。二つ目は、日本株の下落に象徴されるわけですが、日本企業、日本経済の生産性が低下し始めたことです。従来は日本の生産性がアメリカを圧倒していたのですが、1990年代以降はアメリカをずっと下回る状況が続いています。それに加えて、三つ目のファクターとして当時起こったのが、グローバル化だったと思います。グローバル化は、前回レーガノミクスのところで申し上げた通り、東西冷戦が終わったことによって、今でいうロシアや中国といった旧社会主義諸国も、市場経済、資本主義経済に組み入れられることで起こり始めた現象です。
これによって、おそらく二つの影響が出てきました。一つは、日本企業にとって、日本だけが生産する工場ではなくなったことです。当時、ちょうど円高が進んだこともあり、日本企業が生産を世界経済に組み入れられたアジアにどんどんと移していく現象が起こりました。日本企業の投資は、国内の投資を減らして海外の投資を増やしていきます。日本の投資、つまり日本企業による設備投資が減るということは、労働者一人当たりの設備投資が減っていくということになりますから、いま申し上げた二つ目のポイントである、日本経済の生産性の低下に結び付いていたということです...