●安倍首相の外交路線は、「プラグマティックでリアリスト」
ぼくは、安倍首相が外交政策でやっていることは、基本的には非常に「pragmatic(実際的・実利主義的)」な「realist(現実主義者・実際家)」としての政策だと思うのです。いわゆる冷戦時代の二極体制が崩れ、中国が台頭して、この地域での影響力を増そうとしている。一方、アメリカは財政赤字やリーマンショック以来、防衛予算を縮小している。あるいは、アフガニスタンやイランの戦争を経て、英語で言う「War Fatigue(戦争疲れ)」の状態があり、もう戦争はしたくない。そんな中で、日本は今までより自国の防衛により力を入れるようになり、日米同盟のための日本側の貢献を増していく姿勢を見せています。
●時代が要請する日本の役割と、誤解を招く「表現」の問題
昨年10月に「2プラス2」(日米安全保障協議委員会)が開催され、今後の協力に関するガイドラインづくりへの合意がなされました。2014年末までに、米国務長官と日本側のカウンターパートが新しいガイドラインをつくる。そのためには、おそらく日本の集団的自衛権の行使に関する事項をアメリカが認める方向で、今後の日米同盟関係の中で、日本にはより地域的な役割を果たしてもらおうということになります。これ自体は、時代の変化によってやらざるを得ないだろうと思うので、民主党政権だろうと、自民党でも安倍さんより保守的な人ないしもっとリベラルな人が首相であっても、基本的に大きな違いはないと思われます。
では、なぜ安倍さんに対して懐疑的な見方や疑問を持つ人が多いのか。一つは、先にふれた戦前の歴史問題についての発言、あるいは側近発言がありますが、もう一つ原因があります。彼が戦後日本のあり方をどうとらえ、何を考えているかを語る表現・言語には、非常に誤解を招きやすいものが多いのです。ここでは三つだけ例を挙げます。
●「戦後レジームの脱却」? 安倍さんは何から脱却したいのか
一つ目は、よく使われている「戦後レジームの脱却」。これは、ちょっと待って。「レジーム」とは、言ってみれば「体制」です。「戦後の体制を脱却」する、自分の国のレジーム・チェンジを求める。民主主義国のリーダーが、自国のレジーム・チェンジを推し進めるとは、一体どういう意味なのかと、誰もが不思議に思うのです。話を聞いていると、それは「占領時代にGHQが作った戦後のレジームを変えたい」ということであるらしい。それで、憲法を改正する、あるいは教育のやり方を変える。また、外交についても、アメリカの下というか、従属するのではなく、より独自の立場に立つ。そのように言うわけですが、占領時代に作られた体制は、日本の国民の多くに受け入れられて、日本のものになっているのです。
●「日本的なもの」は、いつも外国からの輸入に始まった
日本という国は、何百年・何千年も前の昔から、外国からいろいろなものや考え方、プロセスなどを輸入してきました。まず、中国から漢字を輸入して、こんな難しい日本語に直すわけでしょう。ひらがな、カタカナ、漢字を全部あわせると、外国人としては一番頭の痛くなるような言葉です。これは中国の文字を輸入して、最初は全部漢文で書いていたのを、だんだん別のものにしていったわけですよね。明治時代には鹿鳴館をつくり、そこでballroom dancing(社交ダンス)をしたり、西洋のいろいろな文化を取り入れた。そのまま取り入れるのではあるけれど、すぐに消化して、やがて日本的なものにしていきます。ぼくは、占領に対してもそうなのだと思う。戦後、アメリカは憲法をはじめ、いろいろな「institution(制度・法令・枠組み)」、あるいは構図を持って来ました。日本はそれを一応そのまま受け入れる。受け入れるけれども、いつの間にかそれは非常に日本的なものとして根付いてきたのです。そうやって日本的なものになり、日本国民の多くに支持されているレジームであるならば、なぜそれを安倍さんは脱却しようとするのか? という疑問があるわけです。
●「修正するが、否定しない」中曽根元総理の賢明な憲法見解
この間、ぼくは中曽根康弘さんと会いました。中曽根元総理は、ぼくが日本で一番最初に会った、一番世話になっている政治家であり、定期的に会っています。イデオロギー的には、彼とぼくでは必ずしも一致はしないのですが、非常に尊敬しています。この前会ったのは、もう昨年の夏6月か7月頃になりますが、憲法改正の話を聞いてみたのです。「今、安倍さんは憲法改正をすべきだと言っていますが、先生はどうですか? 賛成でしょう?」と言ったら、意外な答えが返ってきました。
「いや、私が若い頃、憲法を改正すべきだと言ったのは、この憲法であれば、日本という国がうまく機...