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DATE/ 2018.09.18

就職に「英語」は本当に必要なのか?

 世界の言語の百科事典ともいえる「Ethnologue」によると、2018年8月現在における世界の言語数は7097言語といわれていますが、「最も話者数の多い言語」あるいは「最も世界で通用する言語」といえば何語なのでしょうか。

 統計方法によりランキングは多少異なりますが、さまざまなデータをみてみると、「最も話者数の多い言語」のうち母語話者数が多いのは人口の多い中国語のようです。しかし第二言語話者まで含めたデータを比較・検討してみると、やはり英語の存在感が際だってきます。現代において英語は、「最も世界で通用する言語」「第一のグローバル言語」といっても、差し支えない状況となっていることがわかります。

英語教育の趨勢と企業が求める人材ギャップ

 英語がグローバル言語として認知され、国際化の進度によって存在感を増すことに呼応して、日本国内でも英語の必要性がさらに叫ばれるようになってきました。

 それに伴い、例えば教育界でも義務教育からの英語教育の見直しや改革が進められており、文部科学省の発信する「小学校学習指導要領」も改訂され、2020年から全国の小学校で3学年から「外国語活動」、5学年から教科化された「外国語」、具体的には英語学習が必修化されることが決まっています。

 また仕事においても、英語を標準的に導入する動きや仕事の前段階における就職のための英語の必要性が大きく取り沙汰されるようにもなってきました。しかし本当に、企業は英語のできる人材を求めているのでしょうか。

 大学ジャーナリストとして数多の「就活」を取材した石渡嶺司氏は、新卒採用における英語スキルにおいてもTOEIC900点以上であれば人事担当者が「おっ!」と思うと述べつつも、大前提として「語学ができるだけでは仕事にならない。会社が求めているのは、通訳の仕事でもないかぎりは、語学ができる人ではなく、仕事ができる人」と断言しています。

 至極当然の話ではありますが、やはり石渡氏がいうように、企業が求める人材はあくまでも「仕事ができる人」のようです。

日本企業に英語はどれほど必要か?

 ここでさらに具体的に、英語公用語化に踏み切った日本企業と外資系日本法人、それぞれのトップ経験者の意見を参照してみましょう。前者は楽天の代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏、後者は元日本マイクロソフト代表取締役社長・早稲田大学客員教授の成毛眞氏で、「ビジネスマンに英語は必要か」の問いに対し、以下のように論じています。

 まず三木谷氏は、ビジネスマンに英語が必要との立場から、2012年7月から楽天の社内公用語を英語に切り換えた理由を「グローバル企業はみな英語を話すからだ。楽天が目指すのは、世界一のインターネット・サービス企業」だからだと述べています。

 競合する世界中の企業に遅れを取らないために英語を使い、グローバル化の発想と国際コミュニケーション能力を高め、真のグローバル企業となるために、社員一人ひとりに英語力が必要としている楽天のような企業に就職するためには、やはり手段としても英語力が必要になってくるようです。

 他方、成毛氏は冒頭で「日本人の九割に英語はいらない」と断言しています。その理由として、まずは多くの日本人が日常的に英語を使う機会が少ないこと、さらには膨大な雇用を吸収する小売業・建設業・金融機関・地方自治体などで英語が必要と考えにくいことを挙げ、その背景に日本のGDPの六割は家計最終消費支出であり輸出は一割強にも満たず、新興工業国やBRICSなど、ビジネスの前提において英語を必要とする国や地域と異なることも示しています。

 「ビジネス英語は難しいかというと、じつはさほどでもない。ビジネス英語は互いに利益を得ようとしている現場で話されるため、ヘタな英語であっても互いに必死に理解しようとするからだ。ここではむしろ自社の商品や技術を知らないビジネスマンこそが排除されてしまう」と述べています。そして、英語の必要がない九割の日本人が英語に費やす時間で身につけられるかもしれない知識や技能とのコストとベネフィットを、一考することを促しています。

 成毛氏の論に基づくと、目的のために不要な時間を費やすこと、この場合は就職や仕事のために使わない英語を身につける時間を費やすことは無駄である以上に、得られるはずの利益や本当に必要なことに費やす時間の放棄につながる危うさを感じさせられます。

英語以前に必要なことは何か

 英語通訳者で立教大学名誉教授の鳥飼玖美子氏は「英語は使っても、使われるな!」と警鐘を鳴らしています。英語も言語である以上、基本的にはあくまでもコミュニケーションのための“ツール(道具)”です。道具は使ってこそ意味のあるもので、それだけではけっして“スキル(能力・技能)”とはなりません。

 そのうえ、言語は単なる道具というわけでもありません。人間は言語、とくに母語を用いて思考します。ですから「人間にとっては言語そのものが思想であり、文化であり、人間としての存在の拠り所」となるため、浅い理解や安易な使い方ではかえって混乱を招くことにもなりかねません。

 もちろん、英語を話せるに越したことはありません。また英語を一般的なコミュニケーションツールとして利用するだけではなく、その能力だけで仕事ができるほどのスキルに高めたり、さらには自分の母語の文化と比較したりできるまでの知識を深めることができれば、英語は人生をより豊かにしてくれるでしょうし、もしもその英語力を仕事に生かそうと行動すれば、就職にも多いに役立つでしょう。

 結局は自分が何の仕事をしたいか、どんな職業に就きどのような社風の企業で働きたいのかを見極めることが、英語以前に必要なのかもしれません。

<参考文献・参考サイト>
・『就活のバカヤロー』(石渡嶺司・大沢仁著、光文社新書)
・「楽天が、英語を公用語にした本当の理由」、『文藝春秋オピニオン2013年の論点100』(三木谷浩史著、文藝春秋)
・「ビジネスマンでも九割は、英語はいらない」、『文藝春秋オピニオン2013年の論点100』(成毛眞著、文藝春秋)
・『「英語公用語」は何が問題か』(鳥飼玖美子著、角川oneテーマ21)
・Ethnologue: Languages of the World
https://www.ethnologue.com/
・文部科学省:学習指導要領「生きる力」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1384661.htm
・文部科学省:「小学校学習指導要領」
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/05/07/1384661_4_3_2.pdf
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