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中国の世界進出。その現場で何が起こっているのか?
日本人の約8割が「中国に親近感なし」だが…?
2017年12月に発表された内閣府の「外交に関する世論調査」(同10月実施)では、中国に「親しみを感じない」「どちらかというと親しみを感じない」と回答した人が78.5パーセントと、約8割にのぼりました。また、日本や欧米のメディアが「中国の台頭」「中国の世界進出」を批判的に、そして警戒して報じることは多く、2015年の安保法案成立に際して、安倍総理は国会審議で「中国の脅威」を強調し、安保法案の必要性を訴えました。今世紀に入ってからのこうした中国脅威論の論調をめぐって、国際関係史、特に中国近現代史やアジア政治外交史に詳しい川島真氏(東京大学総合文化研究科国際社会科学専攻教授)は、著書『中国のフロンティア――揺れ動く境界から考える』で、こう待ったをかけます。
「中国と世界の関わりをめぐる言説が、肯定と否定の二分論的に引き裂かれている状態は必ずしも実態を踏まえているとは言い難いであろう」
ここでいう「肯定」とは、中国自身が展開するきわめて自己肯定的な説明のことです。そして「否定」とは、欧米や日本などによる「脅威としての中国、既存の秩序に挑戦する中国というイメージの下での語り」のことを指しています。
2008年から13年に「現場」で起きていたこと
では、どうすれば二元論から自由になって「実態」に近づくことができるのでしょうか。川島氏は、その「実態」にふれるため、世界各地の「現場」にとびこみました。現場とは、中国の世界進出や拡大といわれる現象の「現場=フロンティア」のことです。そこで実際には何が起きているのか、そして、それを受け入れる側の目線がどのようになっているのか。「そういったことを改めてフロンティア側に身を置いて考えてみたい」と思ったのです。川島氏が訪れたのは、ザンビアやマラウイなどのアフリカ諸国から、ミャンマー、ベトナム、東チモールといった東南アジア諸国まで、世界各地に及びます。また、中国・広州にあるアフリカ人街にも行ったほか、台湾と中国のインターフェイスともいえる金門島には足しげく通って、ナマの声を聞き取りました。2008年から2013年にかけて、揺れ動く境界を川島氏が訪ね歩いた現場レポートの全容は前掲の著書に詳しいのですが、ここでは、そのなかの興味深い事例をいくつかご紹介していきたいと思います。
中国のアフリカ進出が盛んなわけ
「中国の台頭」でよく話題にのぼるのが、アフリカへの中国の進出です。よく言われるのは、まず「資源重視」ということです。アンゴラ、ナイジェリア、南スーダンなどの産油国や、ザンビアなどの鉱産国を、中国は重視してきました。次に「地域大国」への目配りがあります。たとえば、アフリカ全体の国際会議の中心になりつつあるエチオピアや南部アフリカでは、南アフリカやザンビアが重要視されています。それから、中国とタンザニアなどとの間にある伝統的な関係。最後に、ジブチでの海軍基地建設に代表される「軍事安全保障」です。こうした「多様な要素が折り重なって中国の対アフリカ政策は作られているのだと思われる」と川島氏は述べています。ただ、こうした中国側の動機だけでは、「中国のアフリカ進出」は語れません。相手国が受け入れなければ成立しないことだからです。アフリカ側にとって中国はどう見えているのか。そして、なぜアフリカは中国を受け入れるのか。アフリカ中東部の国、マラウイのケースを見てみましょう。
マラウイは、2007年に台湾と断交し、中国と国交を結びました。理由はいくつかありましたが、経済発展を強く望むマラウイにとって、中国経済への期待はやはり大きな要因でした。中国は、国会議事堂や道路建設をはじめ、多くの経済支援を約束しました。これについて、川島氏は中国の経済支援が「条件付きでない」ということに着目しています。
「中国の援助は利子が高めなときもあるが、手続きが迅速なのと、民主化や人権問題などの面で条件をつけないことがアフリカ諸国にとって魅力だとされる」
「欧米先進国ドナーが民主化への改革や、グッド・ガバナンスなどを要求するのに対して、中国はマラウイの主権を尊重し、またその経済発展重視の姿勢を受け入れ、そうした条件をつけない」
これは、民主や人権の進展よりも経済発展を優先したい国々には心地よいものです。川島氏が「このような現地国にとっての中国の利用価値もまた、いわゆる『中国のアフリカ進出』のひとつの背景である」と言う通り、そこにはやはり双方の都合や思惑があるのです。日本の価値観から見ているだけでは見えてこない、世界の多様な横顔に気づかせてくれるエピソードです。
東チモールに関する噂と実態
一方、東南アジアの東チモールへの「中国の進出」は、また少し違います。東チモールは、インドネシアの南東端、オーストラリアの北側にある小さな国で、2002年に独立したばかりの若い国です。もともと、アメリカはもちろん、旧宗主国のポルトガル、長く占領していたインドネシア、地域大国のオーストラリアの影響力が強い国でしたが、そこに中国の名前が聞かれるようになってきました。その後、2008年から2009年にかけて、メディアでもこの東チモールへの中国の進出が次々と報じられたので、ご記憶の方も少なくないのではないでしょうか。2010年に現地を訪れた川島氏は、政財界の関係者から地元の中国系移民まで、さまざまな人に直接話を聞き、「政府間関係だけではわからない中国─東チモール関係の一端に触れることができた」と振り返ります。
当時、よく言われていたのは、第一に、中国が東チモール周辺の海底資源に強い関心を持っているということ、第二に、中国海軍が小艦艇を東チモールに売却予定ということ、第三に、中国が大統領府や外務省などの官庁街を建設していることでした。
ところが、実際に川島氏が見た東チモールの実態は、少し違ったそうです。まず、第三の庁舎建設については、事実でした。しかし、第一の海底資源については、「現地のコンサルタント会社などでインタビューすると、中国は当初の海洋調査には協力したものの、以降は韓国などが強い関心を示したのに対して、中国は動いていない」とのことです。また、第二の小艦艇売却についても紆余曲折があるような話が聞こえてきたと言います。
「多様な中国」のフロンティアと実情
「台頭する中国」「中国の世界進出」というと、まるで国全体として、官民一体、一丸となって計画的に勢力を広げているような印象を受けがちです。ですが、川島氏が現地で見てきたように、実際にはそんなに単純な図式が成立するわけがありません。ひとくちに「中国」と言っても、中央政府、地方政府、企業、労働者、農業従事者、研究者・専門家、文化人……と、さまざまな立場のアクターが、当然ながらいるわけです。そうした「多様な中国」であることの意味は大きいと川島氏は指摘します。「そういった多様性が、世界のさまざまなニーズに対応できる『中国』を作り出しているのである。そして、その多様な中国は政府の号令ひとつで動くというものでもない」
中国も一枚岩ではない。それどころか、「中国とは、中国を中国たらしめる運動体であると見ることもできる」。フロンティアの実情をつぶさに見てきた川島氏。中国関係を研究する専門家として、中国理解にとって科学的で論理的な視点が重要であると訴えます。
「中国には中国なりの理念やスタンス、行動がある。それが日本にとって受け入れられるか否かは別問題である。たとえ、それがいかに利己的に思えようとも、まずはその理念やスタンス、行動を中国に即して理解することが必要である。理解した上で受けるべきは受け入れ、同調すべきは同調し、反論すべきは反論すること、それこそが有効な中国との対峙であろう」
「親しみを感じる」「親しみを感じない」というような感情レベルの二元論では見落としてしまう大事なことがありそうです。
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