社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.09.22

医療費を負担する仕組みとしての「健康経営」

 日本の財政赤字を論じる時、その要因の筆頭に挙げられるのが、医療費負担が大きいという点で、超高齢化社会の日本では避けては通れない問題です。しかし、日本の医療制度そのものは大変に優れており、世界に誇れるものなのだと公益社団法人日本医師会副会長・今村聡氏は断言します。

日本の医療制度の三大メリット

 日本の医療制度の優れている点の第一は「国民皆保険」であること。この制度は1961年から実施され、国民の公的医療の根本を支えてきました。第二の利点は「フリーアクセス」です。日本では誰もが受診する医療機関を自分で選ぶことができますが、世界ではむしろこれは例外的なこと。海外では自分が登録されている地域の診療所を受診しなければいけない、という国が多いのです。三つ目の特長は、「現物支給」であること。これは治療費支給ではなく、必要な医療がその場で受けられることを意味します。

 このように健康保健証さえあれば、誰でもどこでもいつでも医師に診てもらうことができる非常に優れた公的医療制度を日本は有しているのですが、これが国庫の医療費負担を増大しているのは事実であり、また、保健が利くからと足しげく病院に通えば国民一人一人にとっても医療費負担が増えることになってしまいます。

企業にできる医療費負担軽減の仕組み-健康経営

 国と個人両面での医療費負担軽減のためにいくつかの仕組みを考えなければいけないわけで、たとえば、個人レベルではジェネリック医薬品を使ったり、かかりつけ医を持つといったことで、医療費の無駄を省くことができます。

 一方、今村氏は企業単位として考えられる仕組みとして「健康経営」といった考え方を紹介しています。健康経営とは、従業員の健康や医療にかかわる支出は「費用」ではなく、企業にとって「成長への投資」である。企業はこのような考えのもと、従業員の健康に積極的に関与すべきである、という考え方です。

 日本社会は高齢化が急速に進むと同時に、深刻な労働人口減少に陥っています。いきおい、企業の従業員の平均年齢は上昇傾向をたどることとなるのですが、これは何らかの不調、病気を抱えたまま就労している従業員が増えているということを意味します。実際に企業の健康診断における異常値の推移を見ると、血中脂質や肝機能、血圧に血糖などといった多くの項目で異常値を示す人の割合が増えているのだそうです。がんや糖尿病、慢性の腎臓疾患を抱えながら働いている人も多く、これはそれぞれの著しいQL(クオリティオブライフ)の低下を意味すると同時に、企業にとっても生産性のダメージにつながります。

 そもそも肝心の健康診断の実施率が非常に低く、事業規模が小さくなるほど事業者健診の実施率は下がる傾向にあるのです。健診が実施されない、実施されていても本人の受診の意識が低ければ、さまざまな病気の兆候を見逃しかねません。病気がそのまま重症化してしまえば、入院や手術、高額の薬が必要となり、結果的に企業にとっても個人にとっても医療費の負担が増してしまうということになります。

健康の阻害は従業員、企業、国家にとってのデメリット

 こうしてみると、従業員が健康を損なうということは、その人個人が困るだけでなく、企業にとっても生産性の低下、事業成績の悪化を招くこととなり、究極的には国家財政・経済にも影響してくる。それがまた国民一人一人にはねかえってくるという悪循環を生んでしまうことが分かります。その逆に、企業が従業員の健康維持・増進に関心を高めることによって、労働意欲、生産性の向上と企業のパフォーマンスがレベルアップし、従業員及び企業の医療費負担も軽減するという好循環が生まれる、と今村氏は言います。

 アメリカでは、2009年に自動車メーカートップとして長年君臨してきたGMが経営破たんに陥っていますが、その一因として従業員の医療費負担の重さが挙げられているほどです。ご存知のように当時のアメリカは公的な医療制度が整っておらず、個人で非常に高額な医療保険に入ることを強いられていました。そのため、医療費の負担を補うべく企業としては自動車のコストにその額を反映せざるを得なくなり、結果的に業績不振が続いて経営破たんにいたってしまったのです。

 企業経営において「人は宝」とはよく言われることですが、その宝を生みだすのは社員の健康あってこそと言えるでしょう。これからは必須項目の一つに「健康経営」を入れて企業経営を考えるべき時代です。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,700本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

カント『永遠平和のために』…国連やEUの起源とされる理由

カント『永遠平和のために』…国連やEUの起源とされる理由

平和の追求~哲学者たちの構想(5)カント『永遠平和のために』

平和のための「国家連合」。このアイデアの源はサン=ピエールなのだが、現在ではカントの著作『永遠平和のために』が起源だともてはやされることが多い。その理由としては、「なぜ国家連合が必要なのか」「そもそもなぜ平和が...
収録日:2025/08/02
追加日:2025/12/22
川出良枝
東京大学名誉教授 放送大学教養学部教授
2

「武器商人」となったアメリカ…ディール至上主義は失敗!?

「武器商人」となったアメリカ…ディール至上主義は失敗!?

戦争とディール~米露外交とロシア・ウクライナ戦争の行方

2025年8月、米露、米ウクライナ、EUの首脳会談が相次いで実現した。その成果だが、中でもロシアにとって大成功と呼べるものになった。ディール至上主義のトランプ政権を手玉に取ったロシアが狙う「ベルト要塞」とは何か。事実上...
収録日:2025/09/24
追加日:2025/12/21
東秀敏
米国大統領制兼議会制研究所(CSPC)上級フェロー
3

逆境に対峙する哲学カフェ…西洋哲学×東洋哲学で問う矛盾

逆境に対峙する哲学カフェ…西洋哲学×東洋哲学で問う矛盾

逆境に対峙する哲学(1)日常性が「破れ」て思考が始まる

「逆境とは何に逆らうことなのか」「人はそもそも逆境でしか思考しないのではないか」――哲学者鼎談のテーマは「逆境に対峙する哲学」だったが、冒頭からまさに根源的な問いが続いていく。ヨーロッパ近世、ヨーロッパ現代、日本...
収録日:2025/07/24
追加日:2025/12/19
4

豊臣兄弟の謎…明らかになった秀吉政権での秀長の役割

豊臣兄弟の謎…明らかになった秀吉政権での秀長の役割

豊臣兄弟~秀吉と秀長の実像に迫る(1)史実としての豊臣兄弟と秀長の役割

豊臣と羽柴…二つの名前で語られる秀吉と秀長だが、その違いは何なのか。また、これまで秀長には秀吉の「補佐役」というイメージがあったが、史実ではどうなのか。実はこれまで伝えられてきた羽柴(豊臣)兄弟のエピソードにはか...
収録日:2025/10/20
追加日:2025/12/18
黒田基樹
駿河台大学法学部教授 日本史学博士
5

生成AIの利活用に格差…世界の導入事情と日本の現状

生成AIの利活用に格差…世界の導入事情と日本の現状

生成AI「Round 2」への向き合い方(1)生成AI導入の現在地

日進月歩の進化を遂げている生成AIは、私たちの生活や仕事の欠かせないパートナーになりつつある。企業における生成AI技術の利用に焦点をあてる今シリーズ。まずは世界的な生成AIの導入事情から、日本の現在地を確認しよう。(...
収録日:2024/11/05
追加日:2024/12/24
渡辺宣彦
コグニザントジャパン株式会社代表取締役社長CEO