テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2023.03.25

「日本語が公用語」の国は存在するのか

 世界中を探しても、「日本語が公用語」の国は存在しません。実は、日本国憲法には日本語を公用語と制定していないため、日本語は事実上の日本の公用語ですが、実は正式な公用語ではないからです。

 しかし、「日本語が公用語」の地域が世界に一つだけ存在します。それは、パラオ共和国(以下「パラオ」)のアンガウル州です。「アンガウル州憲法」には、日本語を公用語とすることが明記されています。

 ではなぜ、パラオのアンガウル州では、日本語が公用語となっているのでしょうか。歴史的背景となる、日本とパラオの深い関わりからみていきましょう。

パラオで日本語が広まった歴史的背景

 常夏の青い空とサンゴ礁の美しい海が広がる「南国の楽園」と称されるパラオは、西太平洋にある2百余りの小さな島々からなる島嶼(とうしょ)国家です。

 大航海時代に西洋列強により“発見”されたパラオは、1885年にスペインの植民地となり、1899年にスペインからドイツへ譲渡されました。そして、1920年に第一次世界大戦後のパリ講和会議によって、国際連盟の認めた日本の委任統治領となりました。

 日本は、パラオの教育・医療・道路などのインフラをはじめとした、経済や政治などの社会基盤の整備に努めました。そして、日本の統治期間中に数多くの日本人がパラオに移住したことにより、パラオでは日本語が広まることとなりました。この時期の影響から、現在でも使われている数多くの日本語由来のパラオ語が誕生しました。

 しかし、1947年に第二次世界大戦における日本の敗戦により、1994年にパラオ共和国として独立するまで、パラオは国際連合の信託統治地領としてアメリカの管理下に置かれることとなります。

 以上のような歴史を経て、現在のパラオの公用語は、元々使用されていたパラオ語に加えてアメリカの信託統治時代を経て英語が加わる形で、パラオ語と英語となっています。

「日本語が公用語」の州・アンガウル州

 さて、冒頭のパラオのアンガウル州に戻ります。アンガウル州(アンガウル島)は、東西約3km・南北約4kmの小さな隆起サンゴ礁の島です。パラオ南部に位置し、パラオ16州のうちの1州となります。

 日本の統治期間中、多くの日本人がパラオに移住しましたが、終戦後、帰還を余儀なくされました。しかし、唯一アンガウル州のみ、一部の日本人が残り居住を続けました。

 そのため、上述したとおり日本統治下後にアメリカ統治下となったパラオでは英語が普及しますが、アンガウル州では日本語も身近な言語として使われつづけました。そして、1982年にアンガウル州憲法にパラオ語・英語と並んで、日本語も公用語として制定されました。

 ただし、2023年現在、アンガウル州でも日常的に日本語を話す住民は少ないようです。

日本語由来のパラオ語

 ところで、パラオ語には約1000語の日本語由来の言葉が存在し、2023年現在もパラオ語として使われています。

 一例を挙げると、生活の近代化とともに取り入れられた日常語として、「オカネ(お金)」「オツリ(お釣り)」「ケンポ(憲法)」「センキョ(選挙)」「ドクリツ(独立)」「ダイトウリョウ(大統領)」「シンブン(新聞)」「デンキ(電気)」「デンワ(電話)」などが挙げられます。

 また、「ベントー(弁当)」「ブロシキ(風呂敷)」「ツケモノ(漬け物)」「ムスビ(おむすび)」などの日本文化由来の単語や、「ダイジョウブ(大丈夫)」「サビシイ(寂しい)」「ショウガナイ(しょうがない)」「メンドクサイ(面倒臭い)」「コマッテル(困っている。落ち込むに近い意味)」「カンケイシテイル(関係している)」などの抽象語も使われています。

 さらに、「アコデショ(じゃんけんぽん)」「ヤッコチャン(オウムのこと。日本人が飼っていたオウムの名前から一般化したとされる)」「ツカレナオス(ビールを飲むこと。〈お疲れさま〉が転じたとされる)「アジダイジョウブ(おいしい。〈味大丈夫〉が転じたとされる)」「チチバンド(ブラジャー〈乳バンド〉」「アタマグルグル(混乱する)」など、ちょっと変わった形でパラオ語化された日本語もあります。

 以上のように語源を共にする言葉も多いため、パラオ語話者と日本語話者では意思の疎通がしやすいともいわれています。また、親日国といわれるパラオでは、日本語での案内や日本語理解者も多く、日本語話者であればたとえパラオ語や英語がわからなくても、パラオ観光は難しくないどころかとても楽しいといわれています。

<参考文献・参考サイト>
・『「美しい日本」パラオ』(井上和彦著、産経NF文庫)
・『もう一つの日本』(皆川豪志・徳光一輝著、ソフトバンク新書)
・法律と国語・日本語 - 参議院法制局
https://houseikyoku.sangiin.go.jp/column/column068.htm
・在パラオ日本国大使館
https://www.palau.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html
・パラオの歴史
http://www.palau-smile.com/04_04.html
・パラオ・アンガウル州立自然公園
https://www.ows-npo.org/angaur/
・日本語が公用語として定められている世界唯一の憲法
http://nihongo.hum.tmu.ac.jp/~long/longzemi/201503b.pdf
・パラオで日本語は通じる?日本語由来のフレーズ集や言語事情を紹介
https://palautimes.jp/useful/2216/
・パラオ語で「ビールを飲む」は「ツカレナオス」!パラオに根付いた日本語がおもしろい!
https://intojapanwaraku.com/travel/34185/
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
より深い大人の教養が身に付く 『テンミニッツTV』 をオススメします。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

契機は白村江の戦い…非常時対応の中央集権国家と防人の歌

契機は白村江の戦い…非常時対応の中央集権国家と防人の歌

「集権と分権」から考える日本の核心(2)非常時対応の中央集権と東アジア情勢

律令国家は中国の先進性に倣おうと始まったといわれるが、実際はどうだろうか。当時の日本は白村江の戦いの後、唐と新羅が日本に攻め込むのではないかという危機感から「防人」という徴兵制をつくった。徴兵には戸籍を充実させ...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/08/25
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授 音楽評論家
2

「学びの危機」こそが現代社会と次世代への大きな危機

「学びの危機」こそが現代社会と次世代への大きな危機

「アカデメイア」から考える学びの意義(1)学びを巡る3つの危機

混迷を極める現代社会にあって、「学び」の意義はどこにあるのだろうか。次世代にどのような望みをわれわれが与えることができるのか。社会全体の運営を、いかに正しい知識と方針で進めていけるのか。一人ひとりの人生において...
収録日:2025/06/19
追加日:2025/08/13
納富信留
東京大学大学院人文社会系研究科教授
3

カーボンニュートラル達成へ、エネルギー政策の変革は必須

カーボンニュートラル達成へ、エネルギー政策の変革は必須

日本のエネルギー政策大転換は可能か?(3)エネルギー政策大転換への提言

洋上や太陽光を活用した発電の素地がありながらその普及が遅れている日本。その遅れにはどのような要因があるのだろうか。最終話では、送電網の強化など喫緊の課題を取り上げるとともに、エネルギー政策を根本的に変換させる必...
収録日:2025/04/04
追加日:2025/08/24
鈴木達治郎
長崎大学客員教授 NPO法人「ピースデポ」代表
4

同盟国よもっと働け…急激に進んでいる「負担のシフト」

同盟国よもっと働け…急激に進んでいる「負担のシフト」

トランプ政権と「一寸先は闇」の国際秩序(3)これからの世界と底線思考の重要性

トランプ大統領は同盟国の役割を軽視し、むしろ「もっと使うべき手段だ」と考えているようである。そのようななかで、ヨーロッパ諸国も大きく軍事費を増やし、「負担のシフト」ともいうべき事態が起きている。そのなかでアジア...
収録日:2025/06/23
追加日:2025/08/21
佐橋亮
東京大学東洋文化研究所教授
5

ウェルビーイングの危機へ…夜型による若者の幸福度の低下

ウェルビーイングの危機へ…夜型による若者の幸福度の低下

睡眠から考える健康リスクと社会的時差ボケ(4)社会的時差ボケとメンタルヘルス

社会的時差ボケは、特に若年層にその影響が大きい。それはメンタルヘルスの悪化にもつながり、彼らの幸福度を低下させるため、ウェルビーイングの危機ともいうべき事態を招くことになる。ではどうすればいいのか。欧米で注目さ...
収録日:2025/01/17
追加日:2025/08/23
西多昌規
早稲田大学スポーツ科学学術院教授 早稲田大学睡眠研究所所長