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DATE/ 2023.12.19

流行の終わりの合図はおじさんの参加?

流行の終わりの合図はおじさん参加?

 アミューズメント施設に欠かせない存在のひとつに、プリントシール機がありますよね。2000年代に学生時代を送った方々なら、「プリクラ」の名前で親しんだのではないでしょうか。しかし現在、プリントシール機は「プリ機」や「プリ」と呼ぶのが一般的。「プリクラ」という名前は、1995年に初めてプリントシール機を開発したアトラス社の登録商標「プリント倶楽部」の略称です。アトラス社は2009年に業務用ゲーム関連事業から撤退しており、現在の「プリ機」市場はフリュー社がほぼ独占状態のため、「プリクラ」とは呼ばなくなったのですね。

 「プリ機」は移り変わりが激しい若者の流行の中でも淘汰されず、誕生から30年近くも女子高生たちの心をつかみ続けています。その理由は、フリュー社の社内研究所である「ガールズ総合研究所」が、若い女性に対するマーケティングを続けてきたからです。まさに若者の文化と流行の巨大データバンクといえるでしょう。

 そんなガールズ総合研究所の稲垣涼子所長が、自著『カワイイエコノミー』で、流行についての興味深い考察を解説しています。「流行がいつ終わるかの見極めには大きなチェックポイントがある。それは、女の子が楽しんでいる商品・サービスにおじさんが参加しはじめたときである」という内容です。実際に2021年の総務省の発表によるSNSの利用率を見てみると、初期の勢いを失っているFacebookは、10代が約20%に対して30代は約50%、40代は約40%となっており、確かに「おじさん」化が見受けられます。

 若者の流行を研究してきたガールズ総合研究所の所長の言葉となれば、かなり説得力がありますよね。ネット上では「おじさんが流行の死神のようだ」と盛り上がったこともあります。しかし、本当におじさんが参加すると「オワコン=終わったコンテンツ」になってしまうのでしょうか。

そもそもおじさんはターゲットではない

 まるでおじさんが流行の息の根を止めに来るかのような「おじさん死神説」ですが、おじさんが流行を荒らしてだめにしてしまうというわけではありません。むしろ、マーケティング理論のひとつである「イノベーター理論」の視点から見れば、自然な展開とも考察できるのです。

 イノベーター理論とは、新しい商品・サービスが市場に普及していく段階と割合を示した理論で、1962年にアメリカ・スタンフォード大学のエベレット・ロジャーズ教授が発案しました。この理論の中では、普及のレベルを次の5段階に分類しています。

・イノベーター(革新者):商品・サービスの最初期に購入・利用をする層。新しさを重視する、いわゆる新しいもの好きです。全体の約2.5%を占めるとされます。

・アーリーアダプター(初期採用者):商品・サービスが流行する前に購入・利用を開始する層。トレンドに敏感で、広くアンテナを張っています。流行の発信源となるインフルエンサーは、この層から出現しやすいです。全体の約13.5%を占めるとされます。

・アーリーマジョリティ(前期追随者):新しい商品・サービスに興味がある一方、導入には慎重な層。アーリーアダプターの影響を受けやすいです。インフルエンサーの発信に追随する若者の多くは、この層に属します。全体の約34%を占めるとされます。

・レイトマジョリティ(後期追随者):商品・サービスの実績や評価がはっきりしてから導入する層。全体の約34%を占めるとされます。

・ラガード(遅滞者):最も保守的な層。商品・サービスが普及するだけでなく、伝統や文化としての評価を得るまで手を出しません。若者の流行を馬鹿にしたり見下したりするおじさんの多くはこの層です。全体の約16%を占めるとされます。

 この理論に照らし合わせれば、割合が大きいアーリーマジョリティにうまく訴求することで大きな流行が生まれます。そこで、アーリーマジョリティに影響を与えるアーリーアダプターの存在が流行発生のカギとなります。近年、若者に人気のあるインフルエンサーと企業のタイアップが多いのは、能動的にアーリーアダプターを誕生させてアーリーマジョリティである若者の支持を得ることで、流行を起こそうという戦略なのですね。

 そして、若者向けの流行戦略で対象外となるのがラガードのおじさんです。稲垣所長は近年の流行がSNSの局地的なコミュニティから発生することを指摘しており、「推し=夢中になれる大好きな対象、イチオシ」の多様化が進んでいると分析しています。2000年代の安室奈美恵さんのような圧倒的カリスマに流行が一極集中する時代ではないので、ターゲット層の絞り込みは重要性を増しています。そうなると若者の流行に反発しがちなおじさんは、ターゲットから除外せざるを得ません。結果的におじさんが若者の流行に触れる機会は激減し、流行が「定番化」して受け入れたときにはもう流行が終末期になっているというわけです。

 「おじさんが参加すると流行が終わる」理由はおじさんが死神なのではなく、おじさんが若者の流行にアクセスできるタイミングがかなり遅れた段階になってからというのが現実のようです。

流行の終わりの合図には異説も

 実は、流行の終わりを見極めるチェックポイントには他の説もあります。そのひとつが「テレビ」です。マスメディアの中でも特に規模が大きいテレビでは、SNSの局地的な流行まではなかなか拾い上げられません。このため、やっと取り上げられたころにはその流行の発生源から見ればすでに「遅れた」タイミングになっているのです。

 流行が一般化するまでのプロセスを、ニッセイ基礎研究所の廣瀬涼研究員は「局地的なブーム」と「社会的なブーム」の二段階で考察しています。かつては渋谷や原宿など特定の地域、現在はSNSのコミュニティのような局地的な範囲で発生した流行が、テレビや雑誌などのマスメディアを通じて誰もが知る社会的な流行になるというプロセスです。つまり、以前は特定の地域に注目していれば把握できた流行が、現在はSNS全体を見なければ全容を把握できない、全容を把握するのは事実上不可能という状況になっているため、マスメディアで素早く的確な流行の情報を取り上げることは難しくなっているのです。

 近年では、2018年ごろに起こったタピオカブームが記憶に新しいでしょう。タピオカ専門店が数多く現れて、マスメディアでも連日取り上げられましたが、2020年ごろにはあっという間にブームが去りました。まさに「テレビが取り上げたらオワコン」と感じられる現象でしたが、このときのブーム終了はコロナ禍による飲食業界の苦境も考慮に入れる必要があるでしょう。また、タピオカブームは1990年代と2000年代(一説では2010年代前半)にも起きており、最近のブームは第3次といわれます。タピオカも次のブームが起きたときにはティラミスやナタデココのような、流行から定番に移行したスイーツの仲間入りをするかもしれませんね。

<参考サイト>
・日経クロストレンド 「おじさんの参加」が合図? タピオカに見るブーム終焉の兆候
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00569/00001/
・週刊エコノミストonline テレビが報じると流行は終わってしまうのか
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210603/se1/00m/020/001000d
・Gaiax 若者の流行が生まれるプロセスとは? 企業が理解しておきたいSNS活用ポイントまとめ
https://gaiax-socialmedialab.jp/post-45489/
・ニッセイ基礎研究所 Z世代の情報処理と消費行動(9)若者の消費行動からみる流行についての試論
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64260?pno=1&site=nli
・ONE Marketing イノベーター理論とは?5つのタイプと具体例を解説!
https://www.onemarketing.jp/contents/innovation-theory_re/
・フリュー プリントシール機事業部とは
https://www.puri.furyu.jp/about-us/
・Itmedia NEWS 「プリクラ」生んだアトラス、業務用ゲームから撤退
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/0902/09/news014.html
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