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DATE/ 2025.10.17

なぜ起こった?令和のコメ不足

いつもの食卓を揺るがす背景

 当たり前の日常だった「食卓にお米がある光景」が今、揺らいでいます。コメが「足りない」、「高い」と連日のように話題になっていますよね。スーパーでは5kgが5,000円近くまで値上がりし、外食チェーンではメニューの一部を見直す企業も出ています。なぜ、このような事態になったのでしょうか。

 大きな要因は、2024年の天候不順です。猛暑をはじめ、長雨や台風の影響が重なり、全国でコメの収穫量が減少しました。特に夏の高温がコメの品質を大きく下げ、一等米の割合が大幅に少なくなってしまったのです。この結果、米の需要のほうが上回るようになり、流通価格が一気に押し上げられました。

 近年は地球温暖化による異常気象が常態化していることもあり、「2024年がたまたま悪天候だった」とは言い切れません。コメだけでなく、さまざまな農作物が毎年のように気候のリスクにさらされている状態なのです。

 そして追い打ちをかけたのが、コロナ禍からの回復による需要増。訪日外国人が戻ってきたことで、外食業界を中心にコメの消費が拡大しました。これに対して家庭内では、コロナ禍での“おこもり習慣”が日常的な習慣になり、コメを家で炊いて食べる人が再び増えました。本来なら喜ばしいコメの需要増が、供給とのバランスを取れなくなり、民間在庫が急減したのです。

「食べたい人の増加」と「収穫されるコメの減少」が重なってしまったという、わかりやすくて深刻な状況といえます。

コメを取り巻く構造的な問題も

 このような短期的な要因に加えて、日本の農業には長期的な課題もあります。日本にはコメの過剰生産を防ぐ「減反政策」があり、国が水田の面積を減らしてきました。このため、国内のコメの生産力自体が弱体化しています。政策終了後もすぐに回復することは不可能で、耕作放棄地が増え続けているのが現状です。

 さらに、農業従事者の高齢化と人手不足も深刻です。このままでは大規模な生産増や効率化は難しく、生産性向上に限界があるのです。

 日本には、不測の事態への対策として「備蓄米制度」があります。農林水産省主導で、全国約100か所の倉庫に100万t前後のコメを常備するという制度です。古いコメは市場に回して、新しいコメを補充していく「回転備蓄方式」を取っています。家庭で災害対策の備蓄をするときの「ローリングストック」と似た方法ですね。

 ところが、今回のコメ不足では備蓄米の放出がかなり後手に回ったと、世間では批判が集まっています。政府が市場価格への影響を懸念して慎重になりすぎた結果、供給不足による価格高騰が長引いて家計への打撃を大きくしたのです。

 世界に目を向けると小麦の価格が上昇しており、円安の影響もあって、パンやパスタの価格も上がり続けています。コメの代わりにパンやパスタを選んでも、負担が軽くなることはないという苦しい状況なのです。

これからの食卓と農業

 八方塞がりのように見えるコメ不足は、今後どうなるのでしょうか。備蓄米の放出は段階的に進められており、現状では5kgが2,000円台という例年並みの水準まで戻ってきています。政府は今後も追加の備蓄米放出を検討しており、現在の短期的な供給不足は徐々に解消される見通しです。それでも、異常気象による天候リスクや農業従事者の高齢化などの長期的な課題までなくなるわけではありません。

 これからは消費者も当事者意識をもってアクションすることが大切です。具体的には、次のようなものが考えられます。

・買ったコメはすべて食べ切る:フードロスの減少は、世界的にも掲げられている人類全体の目標です。コメを買ったらすべて食べて、無駄を出さないこと。これはコメの供給不足を解消する前提条件といえるでしょう。

・コメを積極的に食べる:矛盾するようですが、コメをたくさん消費することも大切です。長期的に見れば、コメの消費量が減って減反政策が取られたことも今回のコメ不足の原因のひとつ。コメの消費量が増えれば、コメの生産量も増えるのです。

 今回の「令和の米騒動」は、短期的な不作と長期的な農業と政治の構造が複雑に絡み合った結果として起きました。この解決には政治的な判断も重要ですが、消費者ひとりひとりの当事者意識も同じくらいに重要です。白いごはんが「当たり前にある」と思わずに、どうすれば安心して手に入れられるのか、改めて考える機会になったのではないでしょうか。

<参考サイト>
2025年のコメ不足はなぜ起こった?大阪万博が原因という噂・いつ終わるのかも解説| Spaceship Earth
https://spaceshipearth.jp/2025-komebusoku/
令和の米騒動が起きた背景と農業の現状~米の価格高騰はなぜ起きた?~|ニッセイ基礎研究所 
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=81723?site=nli
「小泉備蓄米」これからじわじわと問題化…現役農家が今もっとも恐れていること| AERA DIGITAL
https://dot.asahi.com/articles/-/262844?page=4
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