18世紀フランスではコスモポリタニズムの概念が復興し、「世界市民」という発想が勃興する。この発想からくる「平和」を具現化する方法の1つとして生まれたのが、「国家と国家を連合させる」というアイデアだった。のちにその別方向としてアメリカの国の形にもつながるこのアイデアが生まれた背景について解説する。(2025年8月2日開催:早稲田大学Life Redesign College〈LRC〉講座より、全7話中第2話)
※司会者:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●賛同が得られなかったホッブズ的解釈
川出 さて、(ホッブズの議論は)なんとなく説得されそうな迫真の議論ではあります。ただ、18世紀に平和を追求した論者の多くは、こうしたホッブズ的解釈の道筋に異を唱えました。ここがポイントです。
どうしてか。先ほどのホッブズのような議論を念頭に置くと、そうした世界単一国家は、非常に強大な国家が武力によって各地域を征服して1つにまとめあげてしまうというルートだって当然、あるわけです。そしてまた、さまざまな多様な国家、いろいろなものの考え方、いろいろな文化がある現状を全て真っさらにしてしまって、巨大な政府に統一される。これは諸国民の自由や多様性の否定となるのではないか。そうした懸念が同時に浮かび上がってくるわけです。
歴史的な話になりますが、具体的には18世紀において、ルイ14世というフランスの絶対君主が、まさにそういう形でヨーロッパを事実上統一するのだという野心を持っていたので、すごくリアルなのです。「ルイ14世が起こす戦争はこりごりだ。でも、ならばルイ14世が本当に武力で全ヨーロッパを征服して、そのような形で平和になって、それでいいのだろうか」という、ちょっとしたジレンマなのですね。
なので、世界単一国家による平和に異を唱えつつ、平和の実現を考える。つまり、世界が1つの国家になるという解決策とは別の形で平和を追求していかなければいけない。そういう考え方が登場していくというところにポイントがあるわけです。
●18世紀フランスで復興した「コスモポリタニズム」
川出 さて、平和の話のはずが、なんとなくきな臭い戦争の話になりました。しかし、そういった議論が主流な中で登場してきた、それに対するアンチとして、「コスモポリタニズム」という考え方もあったというお話をしたいと思います。
コスモポリタニズムとは、コスモポリタンが「世界市民」という意味なので、「世界市民主義」という意味です。世界市民として生きること。このニュアンスをなかなか日本語でうまく伝えるのが難しいのですが、日本国民であったり、フランス人(国民)であったりというだけではなく、世界市民であるということです。日本の市民であるだけではなく、世界の市民であるという考え方です。
言い方を変えると、国を超える人類の一体性を強調する...