●「国内投資の活性化」が鍵を握る
前回、アベノミクスステージ2で本格的な経済拡大を続けていくためには、労働市場と投資が鍵になるという話をしました。労働市場についてはそこで詳しく述べましたので、今回は、もう一つの「投資」の話をさせていただきたいと思います。
残念ながら、現在は企業の国内投資が必ずしも芳しくないために、日本経済がなかなか活性化しないのだろうと思います。これをどうやって拡大させていくかが、いま政策的に重要なイシューとなっています。政府と経団連、経済同友会、商工会議所などの官民対話では、ぜひ投資を増やしてほしいと政府が経済界に要請し、経済界もそれに応えています。ただし、そのためには法人税を下げることも含め、経済界がさまざまな対応をしてほしいと要望しており、議論になっています。
こうした政治の場の動きをしっかりと見ていかなければなりませんが、今日申し上げたいのは、政治と関連して、経済の流れにも重要な動きがあるかもしれないということです。それは「物価」の動きです。
●日本の物価はどのように動いていくのか
現在、日本の消費者物価指数(CPI)で見たインフレ率、物価上昇率は、ゼロ近辺で動いています。日本銀行が打ち出したインフレ率目標の2パーセントからはほど遠い状況で、一部の専門家からは、今後も物価上昇は実現できないのではないかという悲観論も出されています。しかしここに来て、どうやら物価は上がるのではないかという見方が強くなってきたように思います。
理由は簡単で、この1年ほどで原油価格が110ドル、120ドルから、40ドル前後まで、ストンと落ちてしまったわけです。40年か50年に1回あるかないかというとんでもない事態が、世界の石油、天然ガスの市場で起こっているのです。これがエネルギーコストを大幅に下げ、日本の物価を下に引っ張っています。
しかし、これだけの原油価格の下落が起こっているにもかかわらず、日本の物価はマイナスになっていません。つまり、石油や天然ガスの価格の影響を除くと、日本の物価はかなり上がっていると見て構わないのです。実際、日本銀行が出している統計によると、石油、天然ガス由来の影響を除く物価上昇率は1パーセントを超えています。東大の私の同僚である渡辺努教授が、日本経済新聞社と共同でスーパーやコンビニの価格から日々物価の動きを示している「東大日次物価指数」のデータを見ると、やはり上昇しています。食料などの物価は、実際に上がり始めているのです。
現在40ドルほどの石油が、30ドル、20ドル、10ドルとさらに値を下げていくのは考えにくいことです。石油価格の影響はそろそろ底を打っていると見てよいでしょう。黒田日銀総裁もそう発言していますが、来年にかけて、日本の物価は目に見える形で上昇していくだろうと思います。黒田日銀総裁は、本当に物価が上がっていかなければ、いつでももう一度金融緩和をする準備があるとも言っています。そのことも加味すれば、今後は物価が上がっていくと考えるのが妥当な見方でしょう。
●アベノミクスの負け組は結局日本の国民?
もし本当に物価が1パーセント、1.5パーセント、あるいは少し先に2パーセントまで上がっていくようなことがあると、これまで40年間、日本で起こっていなかったことが起こる可能性があります。つまり、物価上昇率が金利よりも高い状態、実質金利がマイナスの状態が発生するのです。これは1970年代、高いインフレを経験したときに一時ありましたが、それ以降2015年までは、金利の方が物価上昇率より高い状態が続いてきました。
実質金利がマイナスとなり、物価上昇率が名目金利より高い状態が続くと、資産を持っている人にとっては、当然大きなインパクトが出てきます。先日、ある国際会議で、アメリカの投資家が、「アベノミクスの負け組になるのは結局日本の国民ではないか」と言っていました。「どういうことですか」と聞いたら、「日本の国民は、アメリカやヨーロッパの人に比べると、信じられないほど現金預金の割合が多い。デフレであればまったく問題ないが、物価が上がり始めると、現金預金は全て価値が毀損していく」と言うのです。
これが「アベノミクスの負け組は結局日本の国民」という発言の真意だと思いますが、私はこれに反論しました。「日本の国民はそれほどバカではない。本当に物価が上がり始めたら、自分たちの資産を守るために何が必要かを考え、資産ポートフォリオを見直していくだろう。現時点ではまだ物価が上がっていないのだから、預貯金を持っていることは何もおかしな話ではない」と申し上げました。
実際に物価が上がったとき、本当に日本国民の多くがポートフォリオを動かすどうかは分かりませんが、もし動かせば...