●安倍首相の掲げる「労働市場改革」が政治的に難しい理由
今、安倍内閣の下で「働き方改革」がさまざまな形で行われています。その中から、今日は一つの視点を提供したいと思っています。
日本に限らず、主要国のどこでも、経済の構造改革をするときにはどうしても労働市場改革が中心になるだろうと思います。産業の再編を促し、労働の生産性を上げていくには、やはり雇用調整が非常に重要になるからです。例えば、最近のドイツ経済は好調ぶりが目立っていますが、その大きな理由の一つは、10年以上前にシュレーダー首相の下で行われた「シュレーダー改革」という労働市場改革が功を奏したことです。
安倍内閣でも、発足後最初に労働市場改革が、非常に重要なアジェンダとして挙げられました。そして、ご案内のように、例えば、解雇規制を緩和するとか、ホワイトカラー・エグゼンプションを行うなど、いろいろな改革案が出てきています。
私は、こういう改革がもしできるのであればぜひやってほしいと思うのですが、現実には政治的になかなか難しい面があります。例えば、解雇規制を緩和すれば、企業は労働者を解雇しやすくなります。それが、結果的にはより積極的に雇用することにもつながるし、人々の流動化を進めます。このようにいえば非常に好ましく聞こえますが、政治的には「解雇規制緩和」といった途端に、「それは首切り法案だ」と取り沙汰されてしまいます。つまり、労働市場改革を正面から取り上げようとすると、非常に厳しい政治的なプロセスを通らざるを得ず、それによる利害をいろいろな人が受けるということで、労働市場改革は現実的にはなかなか難しいのです。
●縮小する労働市場を労働改革への圧力に使う
ただ、ここにきて少し流れが変わってきています。それはなぜかというと、安倍内閣の下でマクロ政策効果が上がり、同時に人口減少の中で労働力が少し減ってきていることもあって、労働市場が非常に締まってきているからです。そうした状況下で、派遣、パート、期間労働者、中小企業の労働者など、市場にセンシティブなところを中心に、賃金が上がり始めています。
実際、労使間でベアを交渉したり、長期的な雇用関係を交渉するような大企業で働いている人は、全体の2~3割もいないわけで、半分以上の労働者は、労働市場の流れにかなり敏感に反応しながら動いています。だから、この「労働市場が締まって賃金が上がっている」というところの圧力を使って、労働をより流動的に、活性化を図ることが、今の政策では重要なポイントだろうと思うのです。
例えば、政府は最低賃金の大幅引き上げに関する方針を打ち出しましたが、普通の状況であれば、「最低賃金を大幅に引き上げれば、失業率は増える」と考えられます。ところが、これだけ労働市場が逼迫していると、結果的には多少最低賃金を上げても影響はなく、むしろ低い賃金の人の労働所得を上げたということになり、非常に望ましいのです。
あるいは同一労働同一賃金の流れをつくることは、これまで比較的低い賃金に甘んじてきた中小企業や派遣などで働く方の賃金をむしろ上げていくことによって、結果的に全体の賃金を上げていく流れになるのだろうと思います。
●労働力不足を逆手にとって働き過ぎの解消や女性の活躍につなげる
ですから、今起こっている労働市場の大きな流れは、市場の圧力をうまく活用しながら、マーケットを改革していくためのプロセスだと考えればいいと思います。そのように見ると、現在の労働市場が抱える改革テーマはたくさんあります。これら一つ一つを市場の中にどのように位置付けていくのかということだと思います。
例えば、一つは「働き過ぎ」の問題です。OECDの中で日本の女性は最も睡眠時間が短く、男性は二番目に睡眠時間が少ないということです。男性がよく寝ているのではなく、日本人よりももっと寝ていない韓国人がいたので、日本がビリ(最下位)にならなかったというだけの話です。この明らかに異常な状態から、どうすれば抜けられるのか。もちろん個々の企業の取り組みもあるのでしょうが、労働力不足や賃金上昇をうまく逆手にとって、労働慣行を変えていくことだろうと思います。
あるいは全体の労働人口が減っていく中で、今後も労働力を確保するための鍵になるのは、女性にもっと積極的に働いていただくということです。パート・アルバイトとして時間を短く限って働く方の中にも、本当はもっと働きたいと思っている人がたくさんいるかもしれません。そうした女性や、まだ若くて元気なシニアに働いていただくのです。そういったことを促進するという意味でも、今の労働市場における厳しい労働力不足は逆に利用していけるわけです。
そのときに大切なことは、そこでボトルネックになっているような、例...