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働き方改革の本質は待遇改善よりも生産性の向上

「働き方改革」の課題と展望(2)非正規の待遇改善の意義

柳川範之
東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授
情報・テキスト
働き方改革で現在議論されているのは、同一労働同一賃金や長時間労働対策だ。東京大学大学院経済学研究科・経済学部の柳川範之教授は、非正規雇用の待遇改善や長時間労働の是正は、公平性や負担軽減の観点から実施されるべきだが、同時にそこから生じるマイナス面にも注目する。同氏が指摘するポイントとは何か。(全6話中第2話)
時間:14:46
収録日:2017/02/21
追加日:2017/03/17
≪全文≫

●注目される、非正規雇用の待遇改善


 まずは、短期的な働き方改革の議論についてお話しします。これに関しては、政府の中でもいろいろ議論されているように、同一労働同一賃金の検討とか、長時間労働の是正、それから成果に基づく働き方、あるいは最低賃金の引き上げといった議論があります。しかし今日は、このあたりに関わる細かい政策について、一つ一つ説明するのではなく、こういうような議論がされているそもそもの考え方や背景を中心にお話ができればと思います。

 働き方に関わる短期的な対応策の中で、例えば同一労働同一賃金の問題があります。非正規(雇用)の社員の給与と、正規(雇用)の社員の給与に大きな格差があります。彼らは、同じ仕事をしているにもかかわらず、かなり大きな差があります。場合によっては(非正規の給与は)正規の6割ぐらいにしかならないこともあり、これが大きな所得格差を生んでいるのではないかといわれます。これでは公平性に欠けるので、ここをもう少し是正する。つまり、実際に同じ仕事をしていくのであれば、同じ賃金、同じ手当が支払われるようにしようということです。

 これは公平性の観点からも重要ですし、あるいは多くの非正規の所得底上げという意味でも重要です。非正規(雇用の人)の所得の底上げが実現すれば、ある種の成長戦略にもつながるでしょう。そうした人たちの所得が増えれば、今よりも安心して消費をすることができるようになります。それが全体の需要を増やし、経済を良い方向に持っていくことになるだろうということです。

 同じようなことは、実は最低賃金の引き上げについても議論されています。その最低賃金を引き上げれば、最低賃金で働いている人たちの給与は少しでも上がることになります。先ほどと同様、ここには所得格差の縮小という面もありますが、賃金上昇を通じて、彼らの消費を増やすことで、成長戦略にプラスとなることも期待されています。


●何を「同一労働」とするのかが難しい


 非正規(雇用の人)の待遇改善といった場合には、どういう形で待遇を改善していくのかが重要です。何をもって同じ仕事をしていると見なすのか。これがなかなか難しい問題になってきます。同一労働同一賃金を目指す考え方の利点は、多くの人が共有するところだと思います。しかし、それをどういう形でルール化し、どういう形で実効性のあるものにするかということが課題の一つとしてあります。

 ある一時点で同じ仕事をしているように見えても、本当にそれが同じかどうかは、判断がなかなか難しい。あるいは、ある一時点で同じ仕事をしていたとしても、例えば将来のその人の仕事のパターンや、あるいはその人が持っている能力、知識などが違えば、そこでは違う仕事を期待されているといえるかもしれません。どこで、どういう風に賃金を合わせていくか。あるいは、賃金の差を縮小させていくか。これはある意味で、企業の労務管理や賃金決定の仕方にかなり関わってきますので、政府がそれを何らかの形で決めていくのは、非常に難しいのです。

 ここまでが、議論を通じて見えてきた話です。今は、ガイドライン案と呼ばれるものが、働き方改革実現会議に提示されています。しかし実際には、ガイドライン案が全ての決定版になるわけではないだろうと、私は思います。各企業が、賃金や報酬の決め方をより透明性の高いものにすることです。つまり、自分は他の人とどこで違うのか。同じような仕事は何であり、違う仕事とはどういうものか。それによって、給与はどのように異なってくるのか。こういうことが今よりも分かるようにして、賃金体系の明確化、さらにいえば他との比較可能化を目指す(ことが重要です)。

 ここまで行くのはなかなか難しいのですが、そういう方向に進んでいくことで、より納得感のある仕事を社員ができるようにする。これが、大きな目標とされていると思います。


●法制度化以前に、企業ごとの取り組みが求められる


 ですから、ガイドライン案で示されたことは、今お話しした大きな目標の中でも、ルール化できるごく一部分であり、それをその通りにやればいいわけではありません。政府がこれをやれと言ったから強制的にやらされるのではなく、こうした試みをきっかけにして、社員がもっと納得感を持って自分の賃金を受け取れるようにしていく。どんな仕事をし、どういう成果を挙げているのかに応じて、支払われる給与をより明確にしていくことが求められていると思います。今後は、社内の人事や労務管理、あるいは給与の決め方を、より良い方向で整備してほしい。これがこの政策の方向性だと思います。

 現段階では、これはまだガイドライン「案」ですし、法的な位置付けは必ずしもまだ明確ではありません。今後、立法化の必要があるのかどうかが議論され...
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