●世界の強国の対立がシリアを戦場にしている
皆さん、こんにちは。
前回触れた「第二次冷戦」という事態についてですが、この第二次冷戦は、ロシアのシリア情勢への直接的な軍事干渉や、トルコによるロシア軍機の撃墜事件を機に、ロシアとトルコの対立がますます深まっています。さらに、ロシアとイランとの同盟が強化されて、新しい段階に入りました。
この状況は、国内レベル、地域レベル、国際レベルという3つの局面において、それぞれ違う性格の政治性が対立、もしくは結び付いているところが特徴ですが、かつてシリアで行われていたのは、国内レベルでいえば、アラブの春がシリアに波及した「シリアの春」の延長線上にあったものです。つまり、アラブの春、シリアの春を圧迫したアサド政権に対して、自由を求める自由シリア軍などの反政府勢力との内戦という局面でした。中東全体、中東の地域レベルでいうと、アサド政権を容認するかどうかをめぐる関係各国の間の代理戦争という性格を持っていました。そして、グローバルな国際レベルで語るなら、シリアは、ウクライナやクリミアと共に、第二次冷戦の中で局地的に熱戦、つまり実際の戦闘・戦争が行われる、一種のエネルギー放出の場になっています。
冷戦を全体として維持するためには、かつてのベトナム戦争や中東戦争、インド・パキスタン戦争といったように、地域における部分的なエネルギーの放出を伴うことが必要でした。誠に残念なことですが、いまシリアは、そうした冷戦をめぐる世界強国(アメリカ、ロシア、EUといった国々)の対立の実験場になっているという非常に嘆かわしい事態が進行しているのです。
●相互依存の構造を無下に否定できないロシアとトルコ
しかし、今回ロシアがシリア空爆を開始し、トルコ軍機によってロシアのSU‐24が撃墜されたことを機会に、ロシアは、もはや代理戦争のパトロンであるという仮面をかなぐり捨てて、シリア内戦を通常の戦争に変える立役者になってしまいました。いまや、ロシアはシリア戦争の当事者だといっても過言ではありません。
もっとも、トルコとの軍事的緊張だけならば、ロシアにとって国家対国家の対照的な、シンメトリーとしての原理に基づく妥協や、外交的な譲歩が不可能なわけではありません。現実に、ロシアとトルコは16世紀以来12回も戦い、戦争を繰り返してきました。そして、講和を結び、時には同盟に近い関係さえ結んで関係を修復してきた歴史を持っています。現在のトルコにしても、天然ガスのおよそ55パーセントをロシアからの輸入に依存しています。そして、ロシアも南東欧、すなわちバルカン半島方面につなげていく、英語で「ターキッシュ・ストリーム」(トルコの流れ)と呼ばれるガスパイプラインを計画しています。こうした共同パイプライン構想を、ロシアも簡単に放棄することはできませんし、実際にいわれている制裁の中でも、このパイプラインや天然ガスの輸出の差し止めなどを、直接明示的には語っていません。
ロシアとトルコの2国間貿易は、2013年には313億ドルにのぼり、2015年のはじめの9カ月だけで185億ドルにもなっています。相互依存の構造を無下に否定できるものでもありません。プーチン大統領の制裁は、確かにトルコに打撃を与えることは間違いありません。トルコ農産品のロシアに対する輸出は17億ドルにもなり、この17億ドルがトルコの収支から消え去ってしまいます。また、トルコの観光産業の約10パーセントを占めるロシア人観光客を失う。これはトルコ経済にとってすこぶる痛手です。
●「複合危機」がグローバルに進行している
両国が関係しているシリア戦争には、第二次冷戦ということとはまったく異質な、ポストモダン(近代以降)型戦争ともいうべき要素が含まれています。この点にこそ、いま中東で進行している事態の危機的性格が潜んでいるのです。この第二次冷戦とポストモダン型戦争の二つが結び付けて「複合危機」と私は呼ぶのですが、この複合危機がグローバルに進行しかけている点に、21世紀の難問が集約されています。
そこには、自由や人権を基礎にした市民社会や国民国家を尊重するモダニズム(近代の原理)を否定しながら、カリフ国家(イスラムにおける預言者の代理人・カリフ)やシャリーア(イスラム法)を実現しようとするプレモダン(前近代)の教理を主張するイスラム国(IS)が、シリアという領域を超えて各種のテロを各地で起こしている現実があります。
2015年11月13日にパリで起こった金曜日の大虐殺、あるいはパリの大虐殺ともいうべき同時テロは、ISにとってシリア戦争の延長や拡大として米欧で起こした、一種の遠隔地戦争です。ISに何らかの形で関係するテロは、シナイ半島のロシア旅客機墜落、...