●1000兆もの腸内細菌
皆さん、こんにちは。順天堂大学の堀江です。
今日は、腸の中の細菌のお話をしたいと思います。腸で食べ物が消化されて便となって出てきますけれども、便の中に非常に多くの細菌がいることは、昔からよく知られています。例えば、ギョウチュウやカイチュウといった寄生虫を調べる検便も行われてきましたが、通常、大腸の中には非常に多くの数の細菌がいるといわれています。人間の体全体の細胞の数が大体50兆~60兆といわれていますが、実は腸の中にある細菌の数はおそらく1000兆くらいあるといわれ、人間の細胞の個数の何百倍もあるということが、知られています。
●人間と体内細菌の持ちつ持たれつ深い関係
この体の中にある細菌は人間とともに生きています。こういった細菌は、人間が得てきた食べ物からエネルギーを得ているのですが、それと同時に、人間に対してもプラスになるような働きをしています。例えば、腸の中ではありませんが、胃の中にピロリ菌という菌があります。現在、ピロリ菌は胃がんを起こす悪玉の菌だといわれていると思います。ところが、このピロリ菌は、もう何十万年も前から人間とともに共生している、ということが分かっています。
人類はそもそもアフリカで発生して、世界中に広がっていきました。アジア人と人種的には近い南アフリカの原住民、あるいはインディオといった人々がいますが、例えばペルーの人たちと日本人のピロリ菌は非常に似ているのです。しかし、われわれ日本人のピロリ菌とヨーロッパ人のピロリ菌は全然違います。ということで、実は人間が少しずつ変化していく中で、ピロリ菌も変わっているのです。こうして、ピロリ菌と人間は非常に長い間、付き合っているのです。
では何をしていたか。非常に面白いのですが、人間は胃の中で胃酸という酸を出して、食べ物に含まれるタンパク質などを分解していきます。胃酸が強いと当然、胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、あるいは食道炎といった病気になるわけですが、この胃から出る酸を薄める、あるいは中和する役割をしているのがピロリ菌なのです。ピロリ菌はアルカリ性の物質を出すことによって胃酸を薄めています。逆の言い方をすると、人間は昔はひょっとすると胃の中で胃酸の酸性度を調整していたかもしれないのですが、ある時点からピロリ菌に全部外注するようになりました。胃酸を出すことは人間がやるのですが、中和するのはピロリ菌が担うというシステムになったということです。
最近はピロリ菌を持っていると胃がんのリスクが高まる、ピロリ菌に感染すると大体10パーセントの人が胃がんになるといわれているのですが、残りの90パーセントの人は胃がんになりません。しかも、昔のまだ平均寿命が短い時代には、胃がんになるということは、その時の平均寿命の時間軸からは多分外れていた、ということだと思います。
現在、ピロリ菌が見つかった段階でそれを消してしまう、つまりピロリ菌の除去です。皆さん、お聞きになっていると思いますが、それによってピロリ菌がいなくなったため、逆に胃酸が強くなってしまい、実は今、食道がんが増えているのです。これは、食道が胃酸にさらされるということで、ピロリ菌がいませんから、特に胃に近い部分の食道が強い胃酸に繰り返しさらされるということです。それによってがんができるため、こういったピロリ菌を退治した後の食道がんが、世界中で急激に増えているという、大変皮肉な結果になっています。
まだ、今の段階でピロリ菌を退治する必要はない、ということではありませんが、人間と共生しているバクテリアなどとは、非常に深い関係が長い年月の間に築かれているということになります。
●難病治癒や体質改善に画期的な方法-便移植
腸内細菌について言えば、小腸という細い部分で栄養を吸収した後に、主に水分を中心に吸収するところが大腸ですが、その大腸にある細菌が実にいろいろな働きをしているということが分かってきました。
きっかけは、マウス(ねずみ)の研究でした。自然に太ってしまうマウスの腸の中の細菌を一回全部、抗生物質で殺します。そして、正常なマウスの便を移植してみました。そうすると、驚いたことに生まれつき太る運命にあるマウスが、まったく正常な体重になってしまったのです。逆に、正常な普通のマウスがもともと持っている細菌を抗生物質で殺して、肥満するタイプのマウスの便を移植すると、そのマウスは太ってしまうということが分かりました。要するに、太りやすい、やせやすいといったことがありますが、それがそれぞれの腸の中にいる細菌の種類によってかなり異なってくることが分かってきました。
それだけではなく、花粉症、あるいは自己免疫疾患、アレルギーといった問題にも腸内細菌は関わって...