●複数の医師が治療方針を考える「診療カンファレンス」
順天堂大学の堀江です。本日は、医療の判断をどのように進めていくかということについて、少し考えてみたいと思います。
病院に入院されている患者に対しては、どの診療科もそうだと思いますが、定期的にスタッフ全員で相談をする「診療カンファレンス」を開きます。カンファレンスで討議された内容をカルテにきちんと記録することが、一つのルールとなっています。最近では電子カルテが主体です。
一般のクリニックであれば、クリニックの先生が診察も判断も行うわけですが、大学病院をはじめ、がん拠点や救急医療に指定されているような大きな病院では、複数の医師が相談して、判断した結果をそれぞれカルテに書きます。一人の患者の問題にどう対応するかについて総合的な見解を持つことが医療者の重要な作業だと認識して、われわれは取り組んでいます。
●82歳の女性は、なぜ抗がん剤を希望したのか
実は先日のカンファレンスでは、入院していた82歳の女性についての報告が若い医師からありました。報告の内容によると、がんが体内で転移を起しており、すでに2カ月間の抗がん剤治療を受けてきたのです。これまでに2回受け、3回目を受けようとするタイミングで、抗がん剤の副作用による肺炎を起こされた、ということでした。
そこで私は、「どうしてこの患者さんは、抗がん剤治療を受けたのでしょうか」と若い医師に質問しました。それは、転移があったとしても患者がすぐ悪くなるような状態だったかどうか、そこを確認するためでした。82歳という高齢であれば、抗がん剤に対する抵抗力も低い可能性があります。ですから、なぜ、どういったいきさつで、あるいはどういう判断が医療者と患者本人の間でなされたかを聞いてみようと思い、質問したのです。
帰ってきた答えは、「実は患者さん自身が、強く抗がん剤治療を希望されたのです」ということでした。私が重ねて「どうして希望されたのですか」と質問すると、若い医師はそれに答える材料を持っていませんでした。
●患者の意向に疑問を持つ医師、持たない医師
この医師としては、転移があるがんの治療後に「転移があります。転移に対しては、抗がん剤治療を行うことができます。しないこともできます。どうしますか」とお話をしたときに、患者さんから「私はぜひ抗がん剤治療をしたい」と返事をもらったそうです。そこで、「分かりました」と言って入院手続きを進め、抗がん剤治療を適切な量で行いました。そして、2回終えたところで肺炎が起こってしまいました。そういったいきさつだったのです。
要するに、受け持ちの医師は、そこで起こった合併症治療は行いますが、それまでの治療経過については一点の疑問も持っていなかったのです。しかし私は、「なぜ抗がん剤を希望されたのか」ということに非常に疑問を持ちました。
そこで、私自身の患者でも外来で診察した方でもないのですが、私自身が診療科全体を統括できる立場なので、その患者さんのお部屋に行って、お話を伺うことにしたのです。
●抗がん剤希望の奥に隠されていた、家族の事情
患者さんのお部屋の中でお話をしながら、「どういう経緯で抗がん剤をご希望されたのですか」ということを伺ってみますと、患者さんはベッドの上に正座され、「私が健康に十分注意をしてこなかったので、抗がん剤の副作用を起こしてしまって、申し訳なかった」と、私におっしゃるのです。
私は、「いやいや。そういう生活の習慣によって副作用が起きたわけではないと思いますし、ぜひ体を楽にしていただいて、抗がん剤についてどういうことを聞いて、どういう気持ちで受けることになったのかを教えてください」と伺いました。
そうしますと、最初はなかなかおっしゃらなかったのですが、さらに聞いてみますと、患者さんには87歳のご主人様がおり、おそらく認知症ではないかと疑っていたのです。認知症の専門医には見せていないけれど、いろいろと不自由なこともあり、認知症だろうと思っているのです。ただ、高齢という年齢でもあり、専門の医師にかかっている段階ではないということでした。そういうことがあるので、「私は主人より長生きをしないといけないのです」と話されたのです。
●「長く生きる」というエビデンスはどこまで有効か
患者さんは、担当の先生から「あなたはがんが転移している」といわれたときに、「人生の時計には制限がある」あるいは「時計が終わるときがある」ということを告げられたと思いますが、その前に「抗がん剤治療をすれば、しないのと比べれば長く生きられるかもしれない」ということをおそらくお聞きになったのでしょう。それで、「主人より長く生きなければならない」と考える患者さんは、すぐ抗が...