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トランプとプーチンの外交戦略をユーラシア地政学から考察

トランプ外交と世界への影響(2)ロシア外交と日本の知恵

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
ユーラシア地政学における優位性を確立するため、ロシアの外交戦略は着々と成功を重ねている。勢いの止まらないプーチン大統領に対して、トランプ外交はどう出るか。日本が板挟みになる危険はないのか。歴史学者・山内昌之氏が解説する。(全2話中第2話)
時間:09:54
収録日:2016/12/12
追加日:2016/12/25
カテゴリー:
≪全文≫

●連勝を続けるプーチン外交とユーラシア地政学


 皆さん、こんにちは。山口県長門市における安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領の日本での会談については、また別の機会に詳しく述べることにして、プーチン大統領によって今、行われているシリア問題への干渉は明らかに成功し、ロシアの思惑に沿った流れで進んでいます。かつ、日本との関係も悪化させることなく、ロシアにとって相対的な安定域に入り、プーチン大統領は自信をますます深めたと思います。

 この点から見ると、ユーラシア地政学においてロシアが優位性を確立するために、ウクライナ問題をテコに、さらにEUとNATOに圧力をかけ、譲歩を引き出すような動きが出てきたと言っていいでしょう。すでに2016年8月15日から始まる週に、CSTO(集団安全保障条約機構)がバルト三国のうちエストニアとラトビアとの国境において軍事訓練を行い、欧州に対して牽制をかけました。CSTOの加盟国とは、経済的に申しますとユーラシア経済連合とまったく同じメンバーです。プーチン大統領は6月に、上海協力機構とユーラシア経済連合を軸に、イランを加えた「大ユーラシア・パートナーシップ」のデザインを発表しました。


●トランプの中東ディールとポピュリズム


 現在のところ、米国次期大統領トランプ氏に、プーチン大統領のこのユーラシア戦略に匹敵する壮大なデザインがあるとは思えません。むしろ予想されるプーチン大統領に対するトランプ新大統領のディール(取引)は単純です。それは「イスラム国を解体することが一番重要である。そのためにアサド政権とも協力する」という、誠に思い切った、そして従来のアメリカやEUの政策から大きく踏み出してしまうディールの可能性が高いということです。

 トランプ氏は、シリアのバッシャール・アル・アサド大統領、ロシアのプーチン大統領、セイエド・アリー・ハメネイ最高指導者らに対して、それぞれ三者がシリアにおいて得た既得権を認める代償として、アメリカが戦争で血を流したイラクにおける独自の優位性、さらに中東におけるイスラエルの特殊権益を認めさせる点に、そのディールの本質があるものと思われます。

 トランプ氏は、ウクライナやシリアにおいてロシアの主張を受け入れる理由を、国民に説明しなければなりません。どう説明するのでしょうか。私の見るところ、これも非常に単純な説明になると思います。中東への軍事関与はほぼ毎日1,200万ドルほどかかっています。この無駄な出費をやめて国内に回し、テロを防止し雇用を創出する原資にしたらどうだろうか、という説明です。つまりポピュリズムの手法そのものになります。


●アメリカ撤退で、大国不在になる中東の吉凶


 トランプ氏は、アメリカが従来尊重してきた第二次世界大戦後の安全保障秩序と同盟国との紐帯に、従来以上に熱心にこだわるとは思えません。彼は中東での権益をオバマ氏以上に限定するものと思われますが、そうしたとき中東は、近代史において初めて、アメリカ・ヨーロッパなど大国の監督者(いわばメンター)を失うという新事態を迎えます。

 これは、中東においてアメリカの影響力が希薄になったり、アメリカが出ていくといった点で、中東やアラブが独自性を発揮するという意味では誠に慶事、喜ばしいことなのでしょうか。私にはどうもそうは思えません。それは、そこに権力の真空やアナーキーが生じることによって、新たな悲劇が誕生するからです。この点で逆説的ながら、トランプ氏はイスラム国やアルカーイダといったジハーディストたちにとって、ヒラリー・クリントン氏よりも歓迎できる大統領になるはずです。

 それでは中国とロシアは、この厄介な中東全域において、アメリカがポスト冷戦期に果たした責任と指導性を、全域にわたって継承する覚悟があるか、あるいはそのために膨大なエネルギーを費やす意志があるか、というと、ここにも疑問符がつきます。

 つまり、中東はますますカオスとアナーキーに入っていくということであり、こうした大国不在の間に四つの地域強国がこの問題に向かい合わざるを得ないということになります。それはトルコ、サウジアラビア、イラン、イスラエルです。


●ユーラシア地政学上最も注目される平和国家とは


 この点についてはまた別の機会に詳しく語りたいと思いますが、ユーラシア大陸やユーラシア地政学で今、最も注目すべき国、それは実はユーラシアで最も安定し繁栄している平和国家である日本です。

 ロシアが大陸の東部において今、牽制しようとしているのは中国です。経済圧力や人口圧力、あるいは安全保障領域における中国のプレッシャーをかわしていくために必要なのは、なんといっても理性的国家である日本との関係の正常化です。その点でプーチン大統領が安倍首相との間になんとか両国間の...
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