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過去の日米貿易摩擦を振り返り考える二国間交渉の行方

トランプ政権と保護主義(2)日米貿易摩擦の経緯と今後

伊藤元重
東京大学名誉教授
情報・テキスト
東京大学名誉教授で学習院大学国際社会科学部教授・伊藤元重氏が、トランプ政権が打ち出す保護主義政策について解説。かつての日米貿易摩擦の経緯も振り返りつつ、そこには日本にとって非常に厳しい二国間交渉があったことに言及。日本が今、注意すべきは「中国ファクター」で、それを踏まえて今後の二国間交渉に臨まなければいけない。(全2話中第2話)
時間:17:14
収録日:2017/01/26
追加日:2017/02/19
≪全文≫

●日米貿易摩擦を振り返る


 トランプ政権の通商政策を考えるときに、“bi(バイ)”二国間の交渉ということが、非常に重要な意味を持ってくるという話を前回したわけですが、今回は二国間でどういうことが起こり得るのかということを少し考えるために、特に1980年代から90年代に日本が経験した日米貿易摩擦について、もう一回振り返ってみたいと思います。

 ご案内のように日米貿易摩擦では、かなりひどいことがたくさん起こっていて、特に若い方はその時代のことなど知らないと思いますが、当時何が起こったかということを、私の思い出話も含めていくつかお話ししてみたいと思います。


●最大の貿易摩擦のきっかけは第二次石油ショック


 日米貿易摩擦は非常に早い段階で、1960年代に鉄鋼から起こったのですが、やはりエポックとして一番大きかったのは、1980年代の初めに日本がアメリカに対して自動車で輸出自主規制、つまり輸出を自主的に抑える、つまり減らしていくという政策を取ったことなのです。

 これは日米の貿易摩擦を理解するときに非常に重要な点ですが、そのいわば先鞭をつけたのはアメリカの企業なのです。少々詳しい話になりますが、1979年に第二次石油ショックが起こり、世界の原油の価格が高騰、ガソリンの価格も非常に高くなりました。アメリカはご存じのように自動車社会ですから、原油をがぶ飲みするような大型車を使って、皆生活していたわけですが、ガソリンの価格が非常に上がっていく中で、非常に燃費のいい日本の自動車に人気が集まったのです。ですから、日本の自動車はものすごい勢いでアメリカへの輸出が増えると同時に、ちょうどそれと置き換わる形でアメリカの自動車業界が、非常に厳しい環境にさらされることになったのです。


●アメリカ自動車業界が起こしたアンチダンピング訴訟


 この時にアメリカの自動車業界が何をしたかというと、日本の自動車メーカーに対してアンチダンピングという行動で訴えたのです。彼らの主張は、日本の自動車メーカーが不当に安い価格でアメリカに輸出してきているので、自分たちは被害を受けているというものでした。そして、それを止めるためにダンピングをしている日本の自動車に対して非常に高い関税をかけてほしいと、政府に迫ったのです。

 これは実は、当時のGATT(関税および貿易に関する一般協定、General Agreement on Tariffs and Trade)の多国間の通商ルールの下で決して違法な話ではなく、好ましいことではないがグレーゾーンとして認められている形でした。

 そのアンチダンピング訴訟を受けて、アメリカの政府の中で、これがアンチダンピングとしていわば報復するに足りるかどうかということが議論され、実はなんとか3対2で「日本の業界は白」ということになったわけです。ですが、3対2という数字は非常に微妙な数字で、今後一つ間違えれば日本の自動車業界にとって、もっと厳しい制裁や行動がいろいろと起こるかもしれないということで、日本の自動車メーカーは政府と協議をし、アメリカに対して輸出の自主規制を行うことに決めたのです。簡単にいうと、トヨタや日産など当時の主要な自動車メーカーで打ち合わせをして、それぞれが前年輸出をした数字を何パーセントずつ削減するかということを決め、そこまでしか輸出をしないということにしたのです。


●ゴリ押しで有利に進める二国間交渉-犠牲は消費者


 結果的に何が起こったかというと、アメリカで非常に人気のある日本の自動車の輸入が減るわけですから、ディーラーのレベルで見ると日本車の価格がどんどん高騰したのです。そうなると、日本の自動車は(高くてなかなか)買えませんので、結果的にはアメリカの車に需要がシフトしていき、アメリカの自動車の価格も上がるということになったのです。実は、日本が輸出量を少し抑えただけで、アメリカの自動車の価格が60パーセントくらい上がるというようなことが起こったわけです。

 そういう意味では、アメリカのメーカーにとっては非常にハッピーであり、日本のメーカーも実は自分の製品の価格が上がったものですから利益が得られることになり、その犠牲は全て消費者に行ったのです。ただ、その合意に至るまでの非常に厳しい政治のプロセスを見ると、やはり貿易摩擦は企業にとって苦い思いをするものだったわけです。

 こういう話がその後ずっといろいろな産業で起こってきているのですが、ここでのキーワードは「バイ」ということで、基本的に二国間で交渉して、アメリカにとって都合のいい結果になんとかもっていこうとするということです。


●通商摩擦をリードするのはアメリカ政府より企業


 もう一つ重要な話があります。それは何かというと、政府が保護主義的な政策をまず打ち出して、それに対して経済が動くのではなく、政府が保護主義...
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