●経済、文化、さまざまな切り口で見る徳川家康
皆さん、こんにちは。今日は政治のリーダーシップについてお話しします。
日本の経営者、あるいは政治家の人たちには、リーダーシップの問題を考える時に徳川家康を持ち出す人がしばしばいます。これはかつてベストセラーになった『徳川家康』(山岡壮八著)の名残りかと思われますが、いずれにしても家康という人物はなかなか興味深い歴史的存在です。
家康を語るには、いろいろな切り口があります。例えば、彼の経済感覚です。よく吝嗇、けちであると言われますが、実はその「けち」とはいわゆる「始末」のことで、つまり物の使い道に対して、お金を出すべきところには出す、出す必要のないときには出さないという合理的な感覚を持っていたという捉え方もあります。また彼は、自分自身は無学だと言いながら、多くの古典を蒐集しており、かつ重要なのはそれを「慶長版」と称して印刷に回し、多くの大名や知識人たちの目に供していくということをした文化人でもありました。
●最大の功績は「パックス・トクガワーナ」の実現
さらに彼は何といっても、日本の中世末期から近世にかけて戦乱を終わらせた最大の功労者であり、類まれな戦国武将としての軍事能力にも長けていました。また同時に、江戸に徳川幕府を設けて、その第一代の将軍として政治家たる手腕を存分に発揮した人物です。そして、彼の近臣には、今の「八重洲」という地名がその名に由来といわれるヤン・ヨーステンという人物や、もともとはイギリス人でウィリアム・アダムスですが神奈川県の三浦に由来し、かつ「按針」という名前が地名にも残っている三浦按針という人物がいました。このアダムスやヨーステンのような人物を自分の側近として起用し、外国貿易を盛んにすることにも関心があった、大変に開かれた人物でもありました。
しかし何よりも、十五代にわたって徳川将軍家が存続し、およそ270年にわたって日本に統一国家をつくり出し、そこで「パックス・トクガワーナ」(徳川の平和)と呼ぶべき持続的な天下泰平を日本にもたらした、という点が最も大きな功績であると思います。
●常に余裕をもち、平時と非常時を巧みに処理した家康
家康についての逸話はいろいろな角度から捉えることができますが、私からするとやはり注目すべきは、「治にありて乱を忘れず、乱にありて治を忘れ...