●同時代性の突出に度肝を抜かれる『太陽への脱出』
『赤いハンカチ』や『夜霧よ今夜もありがとう』といった映画も、やはり独特の時代背景を生かしています。『赤いハンカチ』で裕次郎演じる刑事は射撃の名手なのですが、オリンピック候補に選ばれるほどだという設定です。昭和39(1964)年1月公開の映画ですから、その年の10月には東京オリンピックを迎えます。そのように時代のニーズなり関心を呼ぶ役回りをしっかりと作っているということです。後になって冷静に考えると、観た方は時代背景が良く描かれた作品だと気付くものです。
さらに驚くべき作品は昭和38年4月公開の『太陽への脱出』です。なんと、日本から東南アジア方面に向けた武器輸出疑惑が軸になっています。その情報を嗅ぎ付け、真実を突き止めようとする新聞記者を二谷英明が演じました。
裕次郎は、日本からの武器を売りさばく商社の社員の一人として彼の前に現れる、いわば悪役です。日本は、ご承知のように武器を持つことすら憲法で建前上は禁止されている国です。まして製造して他国に売るなどということはあり得ません。しかし、実際には東南アジア方面に武器を売って儲けている人間がいるらしいという設定で、その情報を追いかけていくと、密売人の先頭に立って交渉しているのが裕次郎役の主人公なのです。
●国民的ヒーローの裕次郎が壮絶な「死」を遂げる映画
商社員の名は速水。ある時から自分は死んだことになっており、中国人に成り済ましています。しかし、人前で中国語を話すわけにはいかず、英語でしゃべっているという設定です。映画でも速水(裕次郎)は、最初の30分ほど英語で話します。記者(二谷)と出会う場面は英語のやりとりで、字幕が付くという念の入れようですが、話の展開につれて、実態が次第に明らかになっていきます。
結局、速水(裕次郎)が密売の中心人物といっても、背景には巨大な組織があり、ただ最前線で働かされているだけだったのです。新聞記者の介入を知った組織による事態の急変があり、速水にも日本へ帰って皆に実情を訴えたい気持ちが生まれてきます。最終的には武器製造工場を爆破しようと決意し、「5分後に工場を爆破します。皆さん、今すぐ退避してください」と社内放送を流します。火薬庫の入口にたどり着き、突入しようとしたところで、ライフルの一斉射撃に遭い、壮絶な死を遂げるという筋書きです。
裕次郎は国民的ヒーローですから、それまでは映画の中でも殺してはいけないという不文律がありました。それが、この『太陽への脱出』で初めて、殺されて死んでいく場面が出てきたのです。ヒーローが何十発もの弾を受けて、壮絶な死に方をしていく本編は、裕次郎映画の中でも画期的なものといえるでしょう。
●北爆前夜、娯楽映画仕立ての社会派映画として
しかし、それ以上に大事なのは描かれた時代です。東南アジアへの武器といいましたが、まだベトナム戦争などほとんど騒がれていない時代でした。いわゆる北爆が起こるのが1965年で、映画より2年遅れています。北爆とはアメリカによる北ベトナムへの爆撃で、これを機に日本でもベトナム戦争のことが少しずつ騒がれることになりました。
また、1963年6月にはベトナムの僧侶が抗議の焼身自殺を遂げたことも世界的話題になりました。ガソリンを浴びて燃えていく過程が写真などで新聞報道され、非常に衝撃を受けたものです。ただ、これは戦争やアメリカに対する直接抗議ではなく、そこまでの事態を許したベトナム政治に対して、仏教徒として黙っていられなくなってきたことの現われでした。
しかし、われわれ日本人は、まだオリンピックに向けて半分浮かれているような、そして高度成長期に入ったことでも浮かれているような、そういう時代でした。だから、焼身自殺の報で一時的な衝撃を受けても、それほど注目はされなかったのです。やがてアメリカ軍の北爆が実際に始まったために、ベトナムや東南アジアでは大変なことが起こっているということに、だんだん皆が注目するようになっていったのです。
現実より2年ほども前に「東南アジアへの武器輸出」を取り上げたのは、社会派としての一つの問題提起でもあったと思います。ただ、裕次郎映画の面白いところは、社会派であっても正義の顔は表に出さないところです。裕次郎は一種の悪役で、でもなんとなくそれがヒーローであるような娯楽映画に仕立ててあります。今改めて観ると、現代の時代感覚を先取りしているようなところさえ、感じます。
●くわえタバコの裕次郎が歌う「骨」
ここからはやや個人的な趣味の部類ですが、私が格好いいと思った場面を紹介します。速水(裕次郎)はなにしろ武器商人ですから金はたくさん持っていて、バンコックでナイトクラブ経営もしているという設定です。深夜、店...