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行動経済学とは…人間の不合理な「癖や直感」に注目!

実務に生きる行動経済学(1)見極めたい人間の「癖」

伊藤元重
東京大学名誉教授
情報・テキスト
『実践 行動経済学』
(リチャード・セイラー著、キャス・サンスティーン、遠藤真美翻訳・日経BP社)
行動経済学が注目されている。2002年にはプリンストン大学のカーネマン教授が、2017年にはシカゴ大学のセイラー教授がその分野でノーベル経済学賞を受賞した。彼らの学説は伝統的な経済学とどこが違い、実際のビジネスにどう役立つのか。ロチェスター大学でセイラー教授の後輩にあたる経済学者で学習院大学国際社会科学部教授の伊藤元重氏にご解説いただこう。(全2話中第1話)
時間:11:51
収録日:2018/02/21
追加日:2018/03/21
≪全文≫

●ノーベル経済学賞で注目を集める行動経済学


 行動経済学は最近、一般のメディアでも盛んに取り上げられています。かなり多くの人が関心を持ち、面白い本もたくさん出ているので、勉強している方も多いと思います。経済学の世界でも、これは非常に重要な分野です。

 イスラエル出身の心理学者でもあるダニエル・カーネマン氏が、2002年に行動経済学で第1回ノーベル経済学賞を取って、非常に注目されました。さらに2017年は、シカゴ大学のリチャード・セイラー教授がやはり行動経済学でノーベル賞を取ったので、非常に注目されている分野だと思います。

 セイラー教授は私が留学したロチェスター大学で何年か先輩でした。当時キャンパスの中で飄々と歩いていたのをよく覚えています。まさか将来ノーベル賞を取る学者に成長するとは思わなかったですが、非常に印象深い人です。


●合理性を重んじる伝統経済学の枠からはみ出す意味


 行動経済学は何が面白いかというと、いわゆる古典的・伝統的な経済学との違いです。伝統的経済学では合理性を非常に重んじ、人間は合理的に行動するということを前提にして、いろいろな議論が組み立てられています。

 もちろんこれには理由があります。仮に人間の行動がいちいち合理性にかなうとは考えないとしても、合理性から右や左に外れる人が出てくる中、全体で見れば大衆の行動は大方真ん中あたりになっているはずであると見ると、いろいろなことが読み取れるわけです。

 例えば、マクドナルドで200円のハンバーガーを売っているとします。200円のお金を出してハンバーガーを買う人は、そのハンバーガーに200円以上の価値を見出しているから買うわけです。「自分はこのハンバーガーを食べることに100円程度の価値しか認められない」と言いながら、200円払ってハンバーガーを食べるようなことは、あり得ません。

 そういう意味で見ていくと、実際に行われている価格や需要、供給の裏側に、人々がそれをどう評価するか、あるいは企業がそれを作るためにどれだけコストがかかっているかということが読み取れるため、そこから経済の深い分析が起こるのです。

 そういう意味では、今でも合理性に基づいた経済学が基本ではあります。ただ、そういう中で、カーネマン教授やセイラー教授が非常に説得的な議論を展開しているのは、「そうはいっても、人間には癖がある」ということです。

 その癖は、決して合理性で説明できるものではなく、非合理的な部分を含んでいるということです。私はあえて「癖」と言いますが、これは決して予測不可能なものではなく、ある程度説明や予測が可能なものです。だから、そこに着目すると、いろいろなことがもっとよく分かるのではないかということで、多くの事例が集まってきました。これはおそらく、実務の世界ではたいへん重要な話だろうと思います。


●空港のトイレをキレイにした人間の「癖」とは


 セイラー教授がキャス・サンスティーン教授と二人で書いた『Nudge(ナッジ)』という本があります。ちょっと背中を押してやって人の行動を促すことを「nudge」といいますが、素晴らしい本です。日本では違うタイトル(『実践行動経済学』)で出ていますが、最初のところに欧州でも最大級の空港の一つ、オランダのスキポール空港の話が出てきます。

 空港の紳士用トイレには小便器が並んでいます。掃除人たちは、便器の外に小便がこぼれているケースが結構多いのに悩んでいました。そこで、どうすれば改善できるかと考えて行ったのが、便器の真ん中にエッチングで虫(ハエ)の絵の模様をつけることでした。

 そうすると、虫をめがけて小便をする人が結構いたため、結果的に外へのはみ出しが75パーセント減ったというのです。便器に描かれた虫をめがけて小便をするのはまったく合理的でもなんでもなく、人間の持っている癖のようなものです。セイラー教授は、この癖をうまく使って小便問題を解決した例としてスキポール空港を紹介したわけですが、そういうことはいろいろあります。

 高速道路でカーブに差しかかると、減速しないと危ない。もちろん「スピードおとせ」と表示してもいいのですが、もっと効率的なのは壁に矢印を描いていって、壁のカーブにつれて矢印の間隔がだんだん短くなる絵にしておくことです。そうすると、ドライバーは同じスピードでも前よりスピードアップしたような錯覚に陥るので、ブレーキを踏んでしまうということです。そういう目の錯覚のようなものを利用して事故を防ごうというのは、高速道路でもよくある話です。


●合理もあれば直感もあるのが、人間の判断


 こういう行動を、特にうまく利用できるのは商売、店舗運営や価格設定、マーケティングなどの世界だろうと思います。人間の癖がどういう特徴を持っているかを単純に...
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