●中東の歴史、文化の理解欠如が複合危機を進化させる
皆さん、こんにちは。
ドナルド・トランプ大統領と中東について、いくつか話してきました。もちろん、トランプ大統領としても主観的かつ個人的に、中東での戦争を望んでいるとは考えられません。実際に、北東アジアにおいてトランプ大統領は一時の強硬姿勢をチェックして、その意図や道筋には十分大きな問題があるにせよ、北朝鮮との緊張の緩和に乗り出しているという事例もあります。このことから、トランプ大統領がすぐにイランと事を構える、あるいは中東の危機というものを自らの衝突や戦争によって打開する、といったシナリオをすぐに考えるということはできないと思います。
しかし、問題は彼が中東の歴史や文化を通して、紛争の根源というものをきちんと本気で理解しようとしていないというところにあります。そのような理解をしようとしない限り、中東複合危機は、ますます深化するばかりだということです。おそらくトランプ氏の考えでは、北朝鮮の金正恩委員長のように、イランも圧力をかけていけばいつか歩み寄りを見せると読んでいるのかもしれません。しかしながら、イランは北朝鮮以上にしたたかな国です。
●北朝鮮以上にしたたかな国イラン
今回(2018年6月12日の米朝首脳会談)の歩み寄りで、北朝鮮が譲ったものとして具体的に何があるのか、そしてアメリカは具体的に何を得たのか。客観的に見て今回の北朝鮮とアメリカのいわゆる合意というものは、アメリカにとってはまったく得るものがなく、北朝鮮にとっては得るものばかりであり、かつ最もここから得ることのできた最大の勝者は中国であった。おおよそそういう構図が描けると思います。
イランは国際政治において、1979年のイラン・イスラム革命以来、アメリカのさまざまな圧力や孤立化政策に耐えてきた、そのような経験を持っている、したたかな国です。また、文明論においても、イランは端倪(たんげい)すべからざる国なのです。しかも、その外交攻勢は、むしろEUとアメリカの関係を分断させたり、あるいはEUとロシアの間に亀裂をもたらしたりする。そのようなことをイランは外交のアリーナで展開し、成功してきているという面もあります。
ですから、国際政治、とりわけ中東政治におけるイランの役割の複雑さというものを、十分に理解しないまま、イランも北朝鮮と同じような道を進むとすぐに簡単な推測をするというのは、いささか問題です。
●失地回復で中東への影響力も大きいロシア
しかも、イランと事実上の同盟国、あるいは最大の友好関係、協力関係にある国の存在を無視してはなりません。それは混沌とする中東情勢を利用し、ソ連邦時代からの中東における失地、利益の喪失を回復したロシアの存在です。
冷戦終結後からロシアは超大国である地位を失い、その対外政策も混迷を極めていました。ミハイル・ゴルバチョフ、そしてボリス・エリツィンを経て、ウラジーミル・プーチン大統領になったロシアは、そうした混迷を2014年のクリミアの併合以来、一挙に払拭した感があります。
そして、クリミアの併合によるウクライナとの緊張にEUとの関係の悪化、あるいはアメリカとの関係の緊張化をものともせず、中東に対してもシリア情勢を大きくくつがえすような強硬な介入によって、多大な影響力を及ぼしています。つまり、クリミアと東ウクライナへの介入といった問題に対して、手をこまねいていてロシアの復活を許してしまったという責任が、バラク・オバマ前米大統領とEUの首脳たちにあると思います。
トランプ政権はこうした点を繰り返すまい、という決意を持っているということはあるかと思いますが、具体的にトランプ政権は外交において、そのような決意をどのように実行に移していくのかという点において、不確かなところがあるのです。
●非常に明確なプーチン大統領の中東政策の意図
ロシアの意図はすこぶる明白です。これはアメリカと違って実際に成果を挙げています。一つはロシアにとっては、ソビエト連邦の崩壊以来、最後に残った中東の利益圏であるシリアを何としても失わないということです。リビアではカダフィ大佐(ムアンマル・アル=カッザーフィー)が無残な最期を遂げ、そしてイラクにおいてもサダム・フセイン大統領が姿を消してしまい、ソ連が中東で頼りにできる、または同盟国に近いといえるような国とその指導者を失いました。イエメンにおいても混沌たる状況を許し、むしろ反ロシア的な状況をこれまで許してきたわけです。
こうしたことを踏まえて、近年のロシア、もっと正確にいうとプーチン大統領は、もはや影響力を失うことを許さないという立場に徹することになります。すなわち、シリアのタルトゥース海軍基地は東地中海におけるロシア海軍の寄港地で...