●中東秩序を揺るがしたアメリカのJCPOA破棄
皆さん、こんにちは。
最近の国際ニュースをにぎわせているのは、北朝鮮問題です。中でも電撃的と思われたドナルド・トランプ米国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長とのシンガポール会談は、私たちにとってもたいへん衝撃的なものがありました。そういう意味で、日本の社会や日本人にとって今、北東アジアの安全保障と日本の将来を考える上で、大変重要なシンガポール会談に関心が集まることは、まことに当然と言わなければなりません。そのことについて私の考えはまた改めて述べることにして、今日は、最近あまり触れられていないトランプ大統領の中東政策の問題について、少し考えてみたいと思います。
ご案内の通り、2018年5月8日、トランプ大統領はかつて結んだJCPOAを放棄すると発表しました。JCPOAとは「JOINT COMPREHENSIVE PLAN OF ACTION(包括的共同作業計画)」の略称です。イランの核開発を阻止、あるいは遅らせていくためのEUとアメリカ、ロシア等の間における包括的な合意であり、EUの中では特に英仏独が中心となっていたものでした。こうした国々との間で取り結んだイランの核危機をなんとか阻止したいという動き、これをトランプ大統領は「イランに有利だ」という理由で、今回一方的に放棄したわけです。
同年4月14日のアメリカによるシリア空爆命令と5月8日に発表されたJCPOA破棄、この2つによって中東秩序は大きく変わろうとしています。これは中東秩序を大きく揺るがすには十分なリアクションです。特に後者のJCPOAの破棄については、アメリカがイラン側の方から合意を破ったと主張していますが、こうした違反の具体的な根拠、イラン側が破棄を挑発したとするような理由については明示されていません。核合意に歩調を合わせてきたヨーロッパ諸国からは批判の声が上がったのも当然と言わなければなりません。
●中東の新しい冷戦の構図がよみがえってきた
私は、2016年に『中東複合危機から第三次世界大戦へ』と題するPHP新書を上梓しましたが、何回かこのテンミニッツTVでもご紹介してきたように、それから2年という時を経て、中東情勢ではこの本で指摘した複合危機という様相が、ますます強まってきています。とりわけ注目すべきは、ロシアのファクターです。2014年3月にウクライナの領土だったクリミアを併合して以来、中東に絶大な影響力を及ぼし始めてきたのがロシアです。以後、中東においては、米欧対ロシア、イラン、シリアのアサド政権という多国間の紛争の構図が、あたかも新しい冷戦であるかのようにして、よみがえってきたわけです。
加えてアメリカやヨーロッパが、これまで振りかざしてきた「自由、人権、民主化」の価値観に対して挑戦したIS、イスラム国の台頭により、従来とはことなる戦争の形が浮上していることは、かつてもここで触れたことです。
●第三次世界大戦という最悪のシナリオと中東複合危機
ちなみに、今回のシンガポール会談(2018年6月12日)における北朝鮮とアメリカ間には、接近というにはやや問題があり、かつ一部の世論ではいかがわしいと思われている面があります。トランプ政権は「自由、人権、民主化」ということをそれなりに語ってきたわけですが、北朝鮮はこの3つから著しく逸脱した国であるということは、ご存じの通りです。シリアもまた、そうした北朝鮮の友好国であり、自国民に対する抑圧やあるいは追放、難民化ということにおいて、新しい時代にふさわしくない国家の1つであるということは、言うまでもありません。
いずれにしても現在の状況は、ある意味で「第二次冷戦」と呼んでもいいものですし、「ポストモダン型戦争」と名付けてもいいと、私は先ほどの著書において紹介しました。つまり、そうした両者が複雑に絡み合うありさまを「中東複合危機」と名付けたわけです。場合によっては第三次世界大戦いう最悪のシナリオさえ、私たちとしては覚悟しなければいけません。そういうことを招き得る要素を、どのようにして排除し、妨げていくのかという問題意識で、私はこの本を書いたのです。いささか悲観的なシナリオですが、中東複合危機はそれだけ憂慮すべき危険な内容、危険なファクターを内包していたということになります。
●複合危機の構成要員はめまぐるしく変化している
中東複合危機の特徴には、局面に応じて構成要員がめまぐるしく変わるということがあります。例えば、シリア等ではISが駆逐、掃討され、追い払われる地域において、現在既に複数の新しい統合体が生まれており、この新しい固まりというものが、今後のシリアという国の将来を良くもするし悪くもする要素として、浮かび上がってきているわけです。
そこにはさまざまな同盟関係や協調関係がつくられています。今や掃討されつつあるISは、支...