●菅義偉官房長官の人事がもつ影響力
(前回挙げた)質問にもありましたが、内閣人事局において最も影響力があるのは、菅義偉官房長官です。菅氏が直接人事に影響を及ぼしている人数はそう多くありませんが、私の考えでは、菅氏は官僚や若手の政治家を全員チェックしています。どこまで細かく見ているかは分かりませんが、一応頭に入れた上で、人事を考えているはずです。
厚生労働省事務次官の村木厚子氏や農林水産省事務次官の奥原正明氏、あるいは斎藤次郎氏の日本郵政社長退任と坂篤郎氏の昇格などは、「菅人事」と呼ばれるほど、効果があったものです。白川方明氏退任後の黒田東彦氏の日銀総裁への採用や、小松一郎氏の内閣法制局長官就任も菅氏によるものですが、これらは安倍晋三首相の意向が強かった事例だと思います。こうした代表的な事例があるわけですが、600人の人事を1つずつ菅氏自身が担当しているわけではないでしょう。しかし、リストは頭に入っているので、対象者に対して非常に大きな影響力があります。
●菅人事は政治が順調の時のみ、効果を発揮する
それが「忖度」だと言われているのですが、その通りだと思います。私の知り合いの財務省の役人も、内閣府で働いているのですが、「忖度業務をやっています」と自嘲的に言います。しかし、忖度するのは当たり前のことなのです。なぜなら、人間だからです。
以前にテンミニッツTVでも忖度についてお話ししていますが、忖度とは“anticipated reaction”、つまり予測反応です。権力や影響力は、受け手の予測反応によって働いていることがあります。権力を最も持つ人が、何も命令をしなくても、その意向を酌んで人が動いてくれるという状況は、日本だけではなく、世界中で起きていることです。
そのため忖度とは、内閣人事局という制度ができる前にもありました。大臣や次官の顔色を見る、というような行動です。もちろん、そうした「いやらしい」行動をする官僚は、それなりの評価しか得られませんでした。企業でも同様です。社長にゴマをすった人間が出世するということは、ないわけではありません。
ただし、ある論説委員長クラスの新聞記者と話をしたところ、菅人事は、直近2年間は実現していないようです。これは大元の政治改革の議論につながりますが、支持率が高いとき、あるいは森友問題や加計問題のような面倒な事態が国会で起きていないときには、こうした人事は可能ですが、それに忙殺されているときは難しいのです。
つまり逆にいえば、支持率が高く、安定して権力行使がなされているとき、菅人事は可能です。だから、これは政治の全体像との綱引き関係であるといえます。もちろん菅氏に、「あなたの人事はこうでしょ」と聞いても、答えてもらえるわけありませんので、正確には分かりません。
●内閣人事局では、恣意的な官僚人事によって公平性が損なわれる
これは2018年6月12日付の『日本経済新聞』に掲載された記事の一部です。石原信雄氏と武藤敏郎氏の談話から引用しました。これは内閣人事局についての石原氏のコメントなのですが、「役人の適不適は各省が一番よく知っている」という部分は、その通りだと思います。同じ仲間として10年付き合えばよく分かるのです。
それに対して、官邸はどれだけ知っているのか、というのが石原氏の疑問です。受けの良い人や、あるとき仕事で一緒になった人だけが優遇されるのではないか。たまたま菅氏の部下についた、あるいはプロジェクトを進める際に、菅氏と面識があった、という人が出世するのではないか。だとすると若干不公平ではないか、という意見です。これはもっともです。こうしたことはどの組織にもあります。大学入試でも、面接官がたまたま不機嫌だったために、その人に面接で当たった受験者が不合格になってしまう、ということもあり得ます。これを公平にするにはどうしたら良いのか、というのが課題です。
●内閣人事局の人事が不公平だとされる理由
日本の官僚人事を整理してみましょう。人事権は推薦権と拒否権と任命権に分けることができます。任命権は大臣にあり、菅氏にあるわけではありません。ですが、内閣人事局には推薦権と拒否権の両方が与えられています。役人やOBたちからは、この両者を与えてしまったことが間違いだったのではないか、という意見が出ています。拒否権だけを付与し、推薦権は官公庁に持たせれば良かったという主張です。私はこの考えを正しいとは思いません。
推薦権と拒否権は、日本の官公庁の人事において非常に厄介な問題です。現状では、これらの使われ方が政治任用に近く、そのため不公...