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デカルトはなぜ『世界論』の出版を断念したのか?

デカルトの著作に学ぶ(1)『世界論』『方法序説』

津崎良典
筑波大学人文社会系准教授
情報・テキスト
デカルト
デカルトが四年の歳月をかけて準備した『世界論』の出版直前に、一つの宗教裁判が衝撃を与えた。地動説を唱えたガリレオの有罪宣告である。結局『世界論』の出版は断念され、『方法序説』公刊への道をたどることになる。そこにはどんな経緯があったのか。デカルトの戦略を含めて解説する。(全2話中第1話)
時間:12:28
収録日:2018/09/27
追加日:2019/02/17
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≪全文≫

●四年間準備しながら出版を断念した本がある


 17世紀フランスの哲学者デカルトには、生前四年の歳月をかけるも、結局その出版を断念してしまった本があります。『世界論』あるいは『宇宙論』と日本語に訳されている本です。

 それは、1633年、彼が37歳の時までは刊行しようと思っていた本です。実際に翌1634年には公刊されるはずだったのですが、デカルトは諦めてしまいました。

 この本の中では、世界、宇宙、つまり自然界の、とりわけ光とは何なのか、あるいはそもそも宇宙とは一体何なのか、そしてその宇宙の中で暮らす人間の、とりわけ身体、例えば臓器であったり、感覚だったり、そういったものは一体どうなっているのかを論じています。つまり科学論文です。

 ですから、哲学者がそういった科学論文を書くというと、やや違和感があるかもしれません。そういう意味では、一見すると哲学書とは思われないようなタイプの本です。


●出版断念の背景には、ガリレオの宗教裁判があった


 では、どうしてデカルトは四年の歳月をかけたのに最終的に出版を断念してしまったのでしょうか。理由はなかなか厳しいものがありました。イタリアはフィレンツェに住んでいた天文学者ガリレオ・ガリレイが裁判にかけられたというニュースを、デカルトが耳にしたからです。

 天文学者ガリレオは1633年6月、或る理由で宗教裁判にかけられます。それは、前年の1632年に地動説を論じる『天文対話』(対話ですから、地動説を主張する人と天動説を主張する人の二人が出てきます)という本を出版したからです。地動説とは、太陽が中心になって、その周りに地球などの惑星が回るという考え方です。これは、当時のキリスト教の公式見解から真っ向から反対するものです。

 そのため、フィレンツェに住んでいたガリレオはローマの宗教裁判所(異端審問所)から呼び出されます。お前は一体何をやっているのだということで、最終的に有罪判決を受けてしまったのです。これは大変なことです。どうして大変かというと、キリスト教の公式見解に反するような言論活動をしたら、最悪の場合、火あぶりという大変な刑が待っているからです。

 当時は、無神論という宣告を受けたら火あぶりになったりするような時代です。ガリレオが宗教裁判にかけられて、しかも有罪宣告を受けたということで、デカルトは本当に驚いてしまったのです。

 なぜかというと、他でもないこの『宇宙論』ないしは『世界論』の中でデカルトは、先ほど申し上げたように宇宙について論じているからです。その中では、地動説ではないけれども、地球中心説に抵触するような考え方を出していました。当時のキリスト教の公式見解は天動説です。天動説とは少し突き詰めて考えると、地球が中心になってその周りに太陽や月などが回っているという考え方です。ですから、天動説と地球中心説をセットで考えなければならなかったのです。

 デカルトは、天動説、地動説はいざ知らず、地球中心説という考え方に少し疑問を抱き始めていました。なぜかというと、デカルトには、宇宙には際限がない、無際限だという考えがあったからです。ずっとどこまでも限界がないと中心が定まらないので、「地球が中心です」「太陽が中心です」などとは言えない。つまり、彼は『世界論』の中で地球中心説に抵触する考え方を打ち出していたため、自分にももしかしたら宗教裁判にかけられるような疑いが及ぶのではないかと考え、慎重を期して出版を断念したのです。


●当時の書き手は、どう書くかに細心の注意を払った


 当時の書き手というのは、「何を書くか」だけでなく、「どう書くか」ということにも非常に注意を払っていました。なぜならば、こう書いてしまっては宗教裁判にかけられるという迫害の恐れがあり、その緊張感の中で生きていたからです。

 この「何を書くか」だけでなく「どう書くか」ということに注目しないと、17世紀の本、哲学書を読めないということを唱えているのはレオ・シュトラウスという人物で、ドイツ出身の20世紀を代表する、アメリカで活躍した哲学者です。ここにおもちしたのは、まだ日本語の部分訳しかないのですが、『迫害と叙述の技法(Persecution and the Art of Writing)』という本です。迫害を避けながらどうやって本を書くかということに腐心していたのが、当時のガリレオやデカルトだったということです。

 つまり、1633年にデカルトが置かれていた状況は、一方で教会の権威に背いて自説を公表することを控える慎重さをもち、他方ではそれでもやはり自分の考えを世の中に問い...
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