●「ストランディング」という現象は年間300件前後起こっている
今度は、海岸に打ち上がった海の哺乳類がいるのですが、それを調査するとどんなことが分かって、どんなことに活用できるのか、というお話をいたします。
実は、日本沿岸には海の哺乳類が海岸に打ち上がってきてしまうストランディングという現象が、年間300件前後起こっているのです。そうすると、1日1頭どこかで何かが死んでいるくらい、実は非常に普通に起こっていることなのです。ただ、残念なことに日本では現状、水産庁の通達として地方自治体がそれらを粗大ごみとして処理をすることになっているため、厄介者的にただのごみとして扱われることになってしまうのです。
われわれのような博物館の研究者は、それをなんとか研究資料や博物館標本にしたいということで、ずっと前からいろいろと活動していますし、それは世界的にも行われている活動の1つになります。つまり、われわれはストラディング個体を調査研究して、そこからいろいろな資料を得たり、いろいろなことに使ったりして彼らのことをもっともっと知ろうという活動をずっと続けているということです。
●漂着個体を博物館の展示資料や正確なポスターづくりに活用
それはどういうことに活用できるのかというのを、皆さん疑問に思ったりするので、その一部をご紹介します。
実はわれわれの上野にある国立科学博物館(科博)には地球館というものがあり、そこではこのようにマッコウクジラという種類の標本がつるされています。それも実は随分と前になりますが、約20年前に静岡県の海岸に漂着して、残念ながら死んでしまったクジラを、われわれがいろいろと調査して処理をし、専門業者に預けたのです。それが、なんと漂着から4年半かけて科博の標本の目玉の1つとして生まれ変わって展示されることになったため、皆さんが見ることができるようになりました。つまり、博物館の展示標本として活用できる、ということが1つあります。
他にも、特別展や常設展の資料に関しても、90パーセント以上が、ストランディング活動からの情報によるものだったり、その標本だったりします。上のスライドにあるように、こうして皆さんに見ていただく資料は、ほぼストランディング活動のなかから生まれたものになります。
上は2010年に展示した「マッコウクジラとダイオウイカの戦い」ですが、このマッコウクジラの頭骨は実は2005年に鹿児島県に漂着したクジラの1つから作ったものです。
また、上野の科学博物館にはミュージアムショップがあり、そこでクジラのポスターを制作しています。それはただいい加減に描いたというのではなくて、われわれが毎回やっている計測値から体の特徴を推定したものを応用してつくっています。
他にも、例えば本当にこの種類はこの色なのかということは、耳だけで聞いていると分からないと思うのですが、本当の個体を写真に撮ると、「このイルカはここまで白いのがあるんだ」とか、スジイルカという種類の場合、「目のところから本当にスジがあるんだ」ということが分かります。つまり、写真を見れば色を再現することができるので、ポスターづくりにもわれわれの調査の結果が応用されている、ということです。
●貴重な新種、珍種の発見にも役立っている
そうしたストランディング個体のなかから、研究の一部でもあるのですが、新種や珍種を発見することもできます。これはツノシマクジラという種類なのですが、ヒゲクジラの一種でそのなかでは90年ぶりの新種発見となり、当時非常にセンセ-ショナルにいろいろなところで報道していただいたのですが、ストランディング活動をしているとこうやって新種を発見することもできます。
また、皆さん、おそらく聞いたことがないと思いますが、タイヘイヨウアカボウモドキという種類があります。これはたった7つしか骨がないという世界的にも非常に貴重な種類だったのですが、実は鹿児島県の川内(せんだい)市に漂着した1頭から始まっており、ものすごく珍しいタイヘイヨウアカボウモドキなんだ、ということが分かったのです。
これはどう珍しいのかということが分かるのかというと、先ほどのクジラのポスターを見ていただきたいのですが、タイヘイヨウアカボウモドキという種類が見つかるまで、点線で描かれていたのです。これは、世界的にタイヘイヨウアカボウモドキを見たことのある人が1人もいなか...