●人間にはないさまざまな能力を生物は持っている
今後の生命科学と次世代へのメッセージについてお話しします。
ヒトは地球上では新種ですから、他の生物から学ぶことが必要であると、私は思っています。つまり、ヒトはもっと、自然や生き物の前で謙虚になるべきだということです。
現在、環境汚染や資源の枯渇化、地球温暖化など、いろいろな変化が地球上に起こっています。地球上には1,000万種近くの生物がいるといわれていますが、今は生物が著しく減少しています。他の生物が減っているということは、生物としてのシステムが低下しているわけです。そのことは、われわれヒトも含めて、生物が危機的な状態にあることを意味します。そこで今、必要なことは、生物が持っているいろいろな適応能力に学ぶことだと思います。
1つ例を挙げると、われわれは現在、7,000メートル~8,000メートルの深海まで、潜水艦を使って潜ることができます。それは、最新の英知によるものです。一方、魚は7,000メートル~8,000メートルの深海でも悠々と泳いでいます。その泳ぎ方を見れば、現在われわれが知っている知識では想像できないような能力を、彼らが持っていることが分かります。
また、よくいわれるように、コウモリは、洞窟に入る前にキーンと鳴くことによって、その反射音で自分の耳の中に立体音を作って、洞穴の200メートルぐらい先までの状況を読み取ることができます。これはつまり、聴覚を使って洞窟の中を見ているわけです。このように生物には、われわれにはない、さまざまな能力があります。
われわれが見ている可視光の世界とは全く違う、紫外線の世界や遠赤外線の世界を見ている生物もいます。そういうものを知ろうとしたときに、われわれヒトは本当に限られた範囲で生きているということを、もっと知るべきだと私は思っています。
●生物が持つ歴史と多様性から学ぶことが重要である
さらに、人為的なものの歴史の短さを感じており、その意味でももっと他の生物の多様性を学ぶべきだと、私は思っています。物理学における原子力の発見は新しいエネルギーをもたらしましたが、例えば、東日本大震災の時、原発事故による放射能漏れの影響で非常に大きな被害を出しました。つまり、人間の技術を人間がコントロールできないところまで来ているわけです。
あるいは、化学におけるプラスチックやいろいろな薬剤があります。プラスチックに関しては最近、大きく取り上げられることが多いのですが、海洋の汚染や環境汚染という、非常に深刻な問題を引き起こしています。
生命科学の場合も、物理や化学においてそうであったように、非常に大きな進歩がもたらされていますが、その一方で知識的あるいは技術的にまだまだ未熟な部分もあるため、生命科学を活用する際には、それを踏まえて、より慎重かつ有効な方法を考えていくことが必要です。生命科学の発達が人類のさらなる脅威となることは、英知を持って避けなければならないと思います。そこで、その英知とは何かということが、今、生命科学に問われているのです。
その英知の1つとして、各生物が歩んできたナチュラルヒストリーや生物の多様性から学ぶことが必要であると、私は思います。1,000万種の生物がいれば、1,000万種の多様な歴史があり、1,000万種の生物がそれぞれ、われわれの限界を超えた能力を持っているわけです。長い歴史を生きてきたのですから、そこから学ぶべきでしょう。
●新しい学問「ミミックバイオロジー」を考えていくことも必要
生物は全て、4つの遺伝子、いわば4つの文字で表すことができます。それは、アデニン、チミン、シトシン、グアニンの4つで、DNAはこの4つの文字でしか表すことができません。この4つからできるアミノ酸は20種類です。ところが、この20種類のアミノ酸から出てくるタンパク質は、数百万から数千万にも及ぶのですが、非常に多種多様に変化していきます。つまり、単純でありながら非常に複雑であるというのが、生命の仕組みにおける1つの大きな特徴だと、私は思っています。
このように、われわれヒトは、多様な生物の中の「one of them」にすぎません。よって、他の生物から学ぶことが必要なのです。実際に、現代科学の最先端の技術や形は、全部生物から学んだものです。それは、ロボットがそうですし、あるいは、新幹線、建築、飛行機、自動車、エネルギー、薬、そういったものは全て生物から学んだものです。
最近では、「mimic biology(ミミックバイオロジー)」と呼ばれる、生物を模倣した、あるいは生物から学んだ学問が、盛んになってきています。そうしたミミックバイオロジーのようなものを、これから考えて...